「4年前とは違う涙」新濱立也、スピードスケート500mで6位入賞 森重航は「詰めが甘い」と自己評価

沢田聡子

様々な困難に見舞われた新濱が、ミラノで今季ベストのレースをみせた 【写真は共同】

6位入賞の新濱「2030年までは絶対にやり切る」

 2月14日(現地時間)に行われたミラノ・コルティナ五輪・男子500mを制したのは、ジョーダン・ストルツ(アメリカ)。タイムは五輪新記録となる33.77だった。ミラノ五輪が始まる前から今大会のスター選手としての呼び声が高かったストルツは、1000mに続き既に2個目の金メダル獲得となった。

 日本勢は新濱立也が34.466で6位入賞、森重航が34.62で10位、倉坪克拓が34.85で19位という結果になった。

 前回の2022年北京五輪では20位だった新濱は、ミックスゾーンに目を赤くして現れた。

「順位に関してはふるわなかったのは正直ありますけど、ただ今シーズンのベストをこのレースに持ってこられたのは事実なので、そこに関しては本当に満足しています」

 昨年4月には交通事故に遭い、10月には全日本距離別選手権の公式練習で右足の内転筋を痛めるなど、五輪を前にさまざまな苦難に見舞われてきた。「4年前に流した涙とは意味が違う今の涙か」と問われると、「そうですね」と応じた。

「4年前は自分の力を何ひとつ出しきれない、ただただ悔しい、不甲斐ない気持ちの涙だった。この4年間、本当に苦しい時期を過ごしてきて、ここまでスタートラインに立つまで、どんなレースができるか正直分からないシーズンをずっと過ごしてきて。ただ今シーズン一番の状態でこのレースに挑むことができたので、悔しいというよりも本当にやりきれたレースだったなと。いろいろな人に感謝したいですし、この状態でベストを出しきれた、ほんとそんな満足感の涙が今はずっと出てくるという感じです」

 新濱は、既に次の五輪に目を向けていた。

「次の4年間に向けて、何を成長させるべきか。そこを真剣に考えて、4年間もう一回やっていきたいなという思いで、今はいます」

「もう自分は北京(五輪)の段階で、2030年までは絶対にやり切る、そんな思いでやってきているので。おそらく次がラストのオリンピックになるだろうと思われるので、ここから次の4年間も自分のベストを出し切れるように、明日からしっかり気持ち切り替えて、何をやるべきか真剣に考えたいなと思います」

「詰めが甘い」自らを厳しく評価した森重

金メダルを目指した取り組みの中で左膝を痛めた森重 【写真は共同】

 前回の北京五輪銅メダリストである森重航は、1月にドイツで行われたワールドカップ最終戦で、ストルツと同走で500mに臨んだ。コーナーで攻めたが、その影響で転倒し、左膝を痛めていた。万全とは言えない状況で臨んだレースだったが、「滑っている感覚としてはそこまで崩れてもいない」と振り返った。

「その中でもなぜタイムが出なかったのかというのは、『どうしてかな』と感じています」

 最終の15組で滑走した森重の前に、13組でストルツと銀メダリストとなったデボー(オランダ)が33秒台のタイムを出していたが、森重はその影響を否定した。

「33秒が出ても、ワールドカップでも彼らは出していますし、そういうのは想定内で滑っていたので。前の組の影響や、最終組による影響というのも本当になかった精神状態なので、ただただ自分の今の実力がなかったかなと思っています」

 五輪のメダリストとして日本男子の500mを引っ張ってきた4年間について「取り組み自体は悪くなかった」と振り返った。

「今シーズン、ワールドカップでも高い順位につけていて、悪くない4年間というか。前回大会から修正したい部分というのは常に修正できていたと思うんですけど、この大一番で発揮できなかった自分がすごく悔しいです」

 森重は「膝を打ってから、調整に時間を要した」と吐露した。

「今できる自分の100%の準備はしたので、そこで少し崩れてしまったのかなというふうには…それしか考えられないかな」

 記者からは「怪我につながった滑りも、カーブを最後まで改良しようとなさって、多分金メダルを取るために取り組まれていたことだと思うんです」という質問があった。

「銅メダルではなくて金メダルを取りに行こうとしたというその取り組みについては、今どう振り返っていますか」

 この質問に、森重は「ワールドカップを戦っていく中で、そういった攻めの部分の中での転倒だったので、そこは仕方ない」と評価した。

「でも今シーズンの準備に関しては100パーセントやったと思っていますし、本当にあともう一押しというか、詰めが甘いんだなと思いました」

「強い選手は、どの舞台でも強い」と森重は言う。

「日本男子及び自分自身、もう一・二段階成長しないとかなわないので。次に取り組むとしたら、また何か大きく変えるべきかなと思っています」

 スピードスケートの日本男子においては、最も世界に近い種目とされてきた500m。それぞれが全力を尽くしたミラノでの戦いが終わり、フランス・アルプス五輪に向かう次の4年間が始まった。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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