絶対王者のまさか、明暗分けた二つの「番狂わせ」 町田樹がフィギュア男子FSを解説

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人事を尽くした者、攻め抜いた者――日本勢が見せたそれぞれの戦い

佐藤は安定した演技で「人事を尽くし」銅メダルを手にした 【写真は共同】

 上位陣が崩れる波乱の展開の中、自らのやるべきことを着実に遂行した選手に、勝利の女神は微笑みました。その筆頭が、シャイドロフ選手と銅メダルを獲得した佐藤選手です。佐藤選手は団体戦のフリーから個人戦まで、ミスを最小限に抑え、まさに「人事を尽くした」滑りを見せてくれました。この二人の演技は、一際秀でていたと思います。

 3位の佐藤選手から4位のチャ・ジュンファン選手(韓国)、5位のスティーブン・ゴゴレフ選手(カナダ)まではわずか1点差。7位のアダム・シャオイムファ選手(フランス)まで含めても5点差の中にひしめく大接戦でした。このようなトップレベルの戦いでは、わずか1点が運命を分けます。佐藤選手はスピンやステップでいくつかレベルの取りこぼしがありましたが、もしかしたらそのことでメダルを逃していた可能性もあり得るほど、4位と5位の選手との差は僅差でした。ジャンプが勝敗を分ける最大のポイントであることは間違いありませんが、こうした競った局面では、スピンやステップといったディテールの完成度が最終的な明暗を分けることもありますので、ここが佐藤選手にとってはさらなる向上の余地になる部分です。

 一方、銀メダルを獲得した鍵山選手は、今季課題としていたFSで、本人としては満足のいく演技ではなかったかもしれません。とはいえ、冒頭の4回転サルコウでミスが出たものの、そこで守りに入ることなく、続くジャンプで4回転フリップに挑戦し、果敢に攻め抜いた姿勢を、私は高く評価したいです。最初のジャンプの失敗はスケーターにとって大きな精神的負担となります。それでも、彼は臆することなく次のジャンプに挑みました。こうした鍵山選手の姿勢は本当に尊敬しますし、だからこそSPで確保した点差を生かして、2大会連続となる価値ある銀メダルを手にすることができたのだと思います。

 そして、SPで出遅れた三浦選手のFSでの巻き返しも見事でした。精神的に極めて難しい状況の中、今季の成功率がわずか20%だった冒頭の4回転ループを成功させるなど、その強靭なメンタルには感服させられます。結果には満足していないかもしれませんが、この逆境を乗り越え、最後にガッツポーズを見せてくれたことに大きな価値があります。難しい中でもこれだけの演技ができたということを自分自身で認め、堂々と胸を張って帰国してほしいと願っています。

3大会連続複数メダル、日本男子の強さを育む土壌

日本男子は五輪3大会連続で複数メダルを獲得。選手層が厚く、今後も黄金時代は続いていきそうだ 【Photo by Jamie Squire/Getty Images】

 これで日本男子は五輪3大会連続の複数メダル獲得となりました。この揺るぎない強さの源泉は、なんと言ってもその「選手層の厚さ」にあります。現在の日本では、全日本選手権の上位6位くらいまでは、誰もが五輪に出るにふさわしい実力を持っています。世界大会に出るよりも、国内の代表争いを勝ち抜くことのほうが難しい、と言っても過言ではないでしょう。

 アメリカも今季はマリニン選手一強の様相を呈しており、ここまで熾烈な国内競争を繰り広げているのは日本だけです。このような過酷な環境の中で日々切磋琢磨しているからこそ、日本のスケーターは世界の大舞台で強さを発揮できるのです。

 そして、この強固な土壌は未来へと続いています。次世代のホープである中田璃士選手(24年全日本選手権2位、25年同4位)は、今大会を現地で観戦し、「4年後は僕がこの舞台に立つ」と強く心に誓っていると聞きます。彼のように、先輩の背中を追いかける若手が次々と育っている限り、日本男子の黄金時代は続いていくことでしょう。

 最後に、解説者として、これほど素晴らしく、ハイレベルな大会に携われたことを本当に光栄に思います。過酷な日程の中で戦い抜いた全ての選手たちに、心からの敬意を表します。そして、彼らが見せてくれた最高のパフォーマンスに、最大限の「ありがとう」という言葉を伝えたいと思います。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

町田樹(まちだ・たつき)

【(C)Yazuka WADA】

1990年生まれ。スポーツ科学研究者、國學院大學人間開発学部准教授。2020年3月、博士(スポーツ科学/早稲田大学)を取得。専門はスポーツ文化論、身体芸術論、スポーツ&アーツマネジメント、知的財産法。主著に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社、2020年、令和2年度日本体育・スポーツ経営学会賞)、『若きアスリートへの手紙』(山と渓谷社、2022年)。第33回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞など、著述活動に関して数多くの受賞歴がある。
かつてフィギュアスケート競技者としても活動し、2014年ソチ五輪個人戦と団体戦ともに5位入賞、同年の世界選手権では銀メダルに輝いた。現在はその経験を活かし、研究者の傍らで振付家やスポーツ解説者としても活動している。近著に『スポーツ・クリティーク』(世界思想社、2026年)。

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