絶対王者のまさか、明暗分けた二つの「番狂わせ」 町田樹がフィギュア男子FSを解説

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メダルを獲得し、笑顔を見せる(左から)鍵山優真、シャイドロフ、佐藤駿 【Photo by Sarah Stier/Getty Images】

 ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート男子フリースケーティング(FS)が現地時間13日(日本時間14日)に行われ、日本の鍵山優真が合計280.06点で2大会連続となる銀メダル、佐藤駿が274.90点で銅メダルに輝いた。優勝は自己ベストを更新する291.58点をマークしたカザフスタンのミハイル・シャイドロフ。ショートプログラム(SP)で首位だったアメリカの絶対王者イリア・マリニンはミスが相次ぎ、264.49点で8位に転落した。三浦佳生は246.88点でSP22位から13位まで浮上した。

 予想外とも言えるマリニンの失速、シャイドロフの大逆転優勝と、衝撃的な結末となった男子FSを、ソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務め、今大会を現地ミラノで解説する町田樹さんはどう見たのか。各選手の演技を中心にFSを解説してもらった。

マリニンの失速、その背景にある過酷な日程

絶対王者に何が……ミスが相次ぎ、頭を抱えるマリニン 【写真は共同】

 信じられないような、衝撃的な展開でした。私もまだ興奮が冷めやらない、というのが正直な気持ちです。男子FSは、誰もが予想しなかった結末を迎えました。絶対的王者と目されたマリニン選手が崩れ、伏兵とされていたシャイドロフ選手が頂点に立つ。そこには二つの大きな「番狂わせ」が存在し、それぞれが選手の明暗をくっきりと分けました。

 最大の番狂わせはマリニン選手の思わぬ不振でしょう。ここ数年、転倒さえしていなかったほどの安定感を誇る彼が、あそこまで崩れる姿を誰が想像できたでしょうか。しかし、これは単に彼の調子が悪かったというわけではない、と私は見ています。彼のジャンプは練習を見る限り、決して悪くはありませんでした。むしろ、その背景には五輪特有の過酷な日程、特に団体戦からの連戦という構造的な要因が大きく影響したと考えられます。

 今大会、団体戦のSPとFS、そして男子シングルのSPとFS、合計4回の演技を1週間で滑りきったのは、マリニン選手、カナダのスティーブン・ゴゴレフ選手、ジョージアのニカ・エガゼ選手のわずか3人です。マリニン選手とて、これほどの過密スケジュールはキャリア史上初めての経験だったはずです。特に演技後半は明らかに足がもたなくなっている印象で、精神的にも体力的にも限界に近かったのではないかと推察します。

 この状況は、ある意味で日本チームが作り出したとも言えます。団体戦で日本が予想以上にアメリカを追い込んだことで、アメリカはマリニン選手をFSでも、起用せざるを得なくなりました。この時点で、実は男子シングルの番狂わせは始まっていたのかもしれません。また、演技後のインタビューでは、「五輪のプレッシャーや緊張感は特別だった」と語っていますので、想定していた以上に心理面をコントロールするのが難しかったのではないでしょうか。こうした光景は、8年前の平昌五輪で同様に、男子シングルで苦しんだネイサン・チェン選手を思い出させます(編注:ネイサン・チェンの団体戦出場はSPのみ。SPで17位と出遅れ、FSは1位で総合5位)。しかし、ネイサン・チェン選手がその悔しさをバネに4年後の北京五輪で金メダルを獲得したように、マリニン選手もこの経験を糧に、さらにパワーアップして帰ってきてくれることを期待しています。

「乾坤一擲」の賭けが生んだ新チャンピオン

SP5位からの大逆転優勝。シャイドロフは予定になかった4回転フリップを跳ぶなど、攻めた演技で金メダルを獲得 【写真は共同】

 もう一つの番狂わせは、金メダルに輝いたシャイドロフ選手です。彼が見せたのは、まさに「乾坤一擲(けんこんいってき)」と呼ぶにふさわしい攻めの演技でした。SP5位という状況からメダルを狙うには、守りに入っていては不可能だと判断したのでしょう。彼は、元々3回転フリップを予定していた4本目のジャンプを、練習でもほとんど見せていなかった4回転フリップに変更するという驚きの構成で挑んできました。

 2本目に跳んだ4回転ルッツこそ回転不足と判定されたものの、合計5本もの4回転ジャンプを着氷させたのです。この誰も予期していなかった「不意打ち」とも言える攻めの姿勢こそが、最大の勝因です。

 マリニン選手の陰に隠れがちですが、シャイドロフ選手もまた、類まれな「ジャンプの天才」です。世界で彼が初めて成功させたコンビネーションジャンプ(トリプルアクセル+4回転トウループ、トリプルアクセル+シングルオイラー+4回転サルコウ)を持つなど、そのポテンシャルは計り知れません。今回は、団体戦に出場していなかったため、個人戦にシンプルにピーキングを合わせやすかったという利点もありました。しかし、それを差し引いても、大舞台で自らの限界に挑み、見事に栄光をつかみ取った彼の勝負強さは称賛に値します。

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