熾烈を極めた氷上の芸術戦、勝負を分けた根源的な「質」 町田樹がフィギュア・アイスダンスを総括
マディソン・チョック/エバン・ベーツ組(アメリカ)が合計224.39点(RD 89.72点、FD 134.67点)で2位、パイパー・ギレス/ポール・ポワリエ組(カナダ)が合計217.74点(RD86.18点、FD131.56点)で3位に入った。
美しく独創的な演技の連続で、大接戦となったアイスダンスを、ソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務め、今大会を現地ミラノで解説する町田樹さんはどう見たのか。各カップルの優れた技術や、勝負を分けたポイントなどについて語ってもらった。
対照的なプログラムがぶつかり合った金メダル争い
特筆すべきは、両者のプログラムが持つ方向性の違いです。2位となったチョック/ベーツ組は、闘牛をテーマにしたフラメンコのスタイルで、コンセプトが非常に明確な物語性のあるプログラムを披露しました。
一方、優勝したボードリー/シゼロン組のプログラムは、より抽象的なアプローチを取っていました。特定の具体的な物語があるわけではなく、音楽そのものを可視化する、いわば「音楽をビジュアライズする」ことに焦点を当てていたのです。バレエの世界には、あたかも身体から音が鳴っているかのように音楽表現を行う舞踊を「シンフォニック・バレエ」と呼びますが、彼らの演技はまさに「シンフォニック・スケート」とでも言うべき、卓越した音楽表現でした。
物語性を追求したチョック/ベーツ組と、音楽との一体化を極めたボードリー/シゼロン組。この対照的な二つの芸術がぶつかり合ったからこそ、今回の頂上決戦は観る者の心に深く刻まれるものとなったのです。
ミスをカバーした圧倒的なスキル
その答えは、スケーティングの根源的な「質」にあったと私は考えています。あくまでアイスダンスの専門外からの視点にはなりますが、ボードリー/シゼロン組のスケーティングの「推進力」と「エッジの深さ」は、チョック/ベーツ組をわずかに上回っていたように感じられました。基礎となるスケーティングスキルが、ミスを補って余りあるほどの評価を得たのではないでしょうか。
実際に技術点を見ると、加点の部分でボードリー/シゼロン組が優位に立っていました。特に、氷の表面ギリギリで展開されるスリリングなカーブリフトは、レベルも最高の4、そして出来栄え点(GOE)も4.80点を獲得するという「完全無欠」の出来栄えでした。
アイスダンスの技術評価は、技の独創性やポジションの難しさ、そしてエッジワークの正確性といった要素がレベル認定に直結します。さらに、男女のユニゾン、すなわち一心同体ともいえる一体感は、出来栄え点を大きく引き上げます。ボードリー/シゼロン組は、深いエッジワークと卓越したスピードを誇り、そのスケートの質は出場者の中でも随一だったと私の目には映りました。ミスはありながらも、それを凌駕するほどの圧倒的な技術の質こそが、勝敗を分ける決定的な要因となったのではないかと思います。
独自性に満ちた演技で表彰台入り
彼らが今季のFDに選んだのは、2018-19シーズンに自分たちの名を世界に知らしめた出世作『ヴィンセント』のフルリメイクでした。思い出深いプログラムを、この大舞台で再び披露するという選択は、彼らの並々ならぬ覚悟を感じさせます。
そして、その演技は技術面で卓越性と独自性に満ちていました。他のカップルといかに差別化を図るかという強い意志が感じられたのです。例えば、プログラムの最後の要素として最も体力を消耗するコンビネーションリフトを配置したのは、今大会で彼らだけでした。
さらに驚くべきは、ローテーショナルリフトの回転方向です。多くのスケーターにはジャンプやスピンで回りやすい「利き回転」の方向がありますが、彼らはあえて難しいとされる逆回転のリフトに挑みました。これは、他にはない技でオリジナリティを追求する姿勢の表れです。
アイスダンスにおいて、こうした独創性や革新性は「一石三鳥」の効果をもたらします。まず、技によってはそれらの工夫を凝らすことでレベル認定の要件を満たし、技術点を押し上げます。また当然、出来栄え点でも高く評価されます。その上さらに、観る者を驚かせるような革新的な動きは、演技構成点(プレゼンテーションやコンポジション)にもプラスに働くのです。彼らの演技は、まさにその独創性あふれるスケーティング技術によって、熾烈な3位争いを制するだけの価値を生み出したと言えるでしょう。