W杯に滑り込むために移籍を決断した塩貝健人 新天地ヴォルフスブルクで受けた洗礼も成長の糧に
点を取れなければ何もしていないのと同じ
敗戦を告げる試合終了のホイッスルが響くと同時に、彼は着ているシャツを強く、何度も引っ張った。言葉にならない叫びを、布越しにかみ殺しているようにも見えた。その荒々しい仕草が、いかに彼が結果にこだわっていたかを物語っていた。
今冬の移籍市場において、オランダのNECナイメヘンから約1000万ユーロ(約18億円)という破格の移籍金でヴォルフスブルクに加わった20歳のストライカー。その金額からも、クラブの期待の大きさが伝わってくる。
わずか数分間の出場に終わった1月24日(現地時間、以下同)のデビュー戦(対マインツ)を経て、1月30日に行われた加入後2戦目のブンデスリーガ第20節・ケルン戦。後半の頭から投入された塩貝は、最前線ではなく不慣れな10番のポジション(トップ下)で泥臭く走り抜き、決定機の起点を作った。しかし、土壇場での同点のチャンスを逸し、彼はチームに勝ち点をもたらすことができなかった(0-1の敗戦)。
「試合を見ていない人からしたら、点を取れなかった今日の僕は何もやっていないのと一緒」
ミックスゾーンに現れた塩貝の言葉には、ストライカーとしての自尊心が宿っていた。W杯まで残り半年、1分、いや1秒の停滞さえ許されない焦燥感がにじみ出る。ただ、それから1週間後――ブンデスリーガの強烈な洗礼を受けることになるとは、このときはまだ本人さえ知る由もなかった。
A代表入りした同世代に劣っているとは思わない
2024年の夏に慶應義塾大からオランダへ渡り、NECで実績を残した塩貝は、わずか1年半後に欧州5大リーグでプレーする権利を勝ち取った。ヴォルフスブルクがこの若武者に巨額の移籍金を投じたのは、単に将来性を見込んだからではないだろう。ドイツの地でも即座に違いを生み出せると、即戦力としてその能力を高く評価したからに他ならない。
塩貝自身、この移籍を必然と捉えている。オランダでインパクトを残していたなかで、あえて慣れ親しんだ環境を捨てた理由は、半年後に迫ったW杯に滑り込みで出場したいという、その想い一点に集約されていた。
「途中出場が多かったけど、オランダで結果を残したし、僕が点を取れるというのはある程度示すことができたと思う。あとはもう一つレベルの高いリーグで結果を残すことが、日本代表に滑り込むためには必要だと思った。そういう意味では、本当にW杯だけを意識した移籍でした。まずは(次の代表戦がある)3月だと思うので、そこまでに誰も文句が言えないくらいの結果を残さないといけない」
同世代の後藤啓介(シント=トロイデン)や佐藤龍之介(FC東京)、高井幸大(ボルシアMG)らが次々と日の丸を背負ってピッチに立ったが、塩貝はいまだA代表の招集歴がない。
それでも、「同世代が何人も(A代表に)入っているし、すごく悔しさとか焦りはありますけど、自分が劣っているとも思っていない」と、強気なメンタリティの持ち主は前を向く。むしろ、その焦りさえも燃料に変えて、ドイツという過酷な戦場でワンランク上のプレーヤーへと駆け上がろうとしているのだ。ヴォルフスブルクがほれ込んだのは、得点能力や走力といったもの以上に、こういった圧倒的な野心だったのかもしれない。
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