日本の銀メダル獲得に貢献した佐藤駿 「自分もできる」仲間からの思いをつないだ会心の演技

沢田聡子

最終滑走「自分の演技に集中」

高難度のジャンプ構成を滑り切った佐藤 【写真は共同】

 団体戦男子フリーの最終滑走者だった佐藤駿は、金メダルを争うアメリカと日本が同点という状況で出番を迎えた。団体最終日のこの日、日本はペアフリーで“りくりゅう”こと三浦璃来/木原龍一、また女子フリーで坂本花織が1位になったことで、前日までは5点のリードを許していたアメリカに追いついていた。

「正直、昨日からすごく緊張はあったんですけど、でもみんなの演技を見てすごく力をもらって。『ここまでみんなノーミス演技をしているんだから、自分もできる』と思って、強い気持ちで今日に臨みました」

 佐藤の直前に滑ったイリア・マリニン(アメリカ)は、後半に跳んだ4回転ルッツに珍しくミスがあったものの、200.03と200点を超えるスコアをマークしていた。演技終盤にはバックフリップも披露し、会場はどよめいた。

 佐藤の心には、「イリア選手に勝つことができれば、日本が優勝だな」「次元が違う選手なので、少しでも追いつきたい」とさまざまな思惑が交錯する。昨年12月のグランプリファイナルでは、直前に滑ったマリニンが全6種類7本の4回転を成功させたが、佐藤も自らの力を出し切って銅メダルを獲得した。この日の佐藤はマリニンのスコアも把握していたが、「自分は自分の演技に集中して、チームのために頑張ろう」という思いで演技に臨んだ。

「多分個人競技だったらマリニン選手の後で重圧があって、すごく緊張して、ってなっちゃうと思うんですけど、最終滑走でみんなの声援があって、もうすごく聞こえてきて。『いつも通りいけ』と、本当に助けになる言葉をいただいたので、そのおかげで始まってからは、ほぼ緊張なくいつも通りの演技をすることができました」

 フリー『火の鳥』の冒頭、佐藤は武器である4回転ルッツを鮮やかに成功させ、4.11の加点を得る。その後も4回転トウループとトリプルアクセルを2本ずつ組み込む高難度構成のジャンプを次々と決めていった。終盤、曲のクライマックスに合わせて思いのこもった滑りをみせた佐藤は、堂々とフィニッシュした。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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