王者アメリカを追い詰めた、日本の「結束力」とつながれた“バトン” フィギュア団体戦を町田樹が解説
この日本の戦いぶりを、ソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務め、今大会を現地ミラノで解説する町田樹さんはどう見たのか。勝敗を分けたポイント、ピーキングの難しさなど含め、団体戦を総括する。
快進撃の口火を切った「うたまさ」
大前提として、下馬評では日本がアメリカに勝つことは相当困難だとされていました。五輪とルールは少し違いますが、昨年の国別対抗戦で、日本はアメリカに大差をつけられての2位(アメリカ126ポイントに対し、日本は110ポイント)だったということもあります。ただ、今回は1ポイント差にまで詰め寄ることができた。その要因はどこにあったのか。
フィギュアスケートは個人競技ですが、団体戦は全く異なるプレッシャーが選手にのしかかります。自らの演技がチームメートの成績を左右するという、普段は感じない重圧です。今回、日本チームがこのプレッシャーを乗り越えられた最大の要因は、選手一人ひとりが「前の滑走者から受け取ったバトンを、良い形で次の滑走者に渡したい」という強い気持ちを共有していたことにあったと思います。バトンをどう渡すのかと言うと、やはり自分が良い演技をすることに尽きますよね。
その皮切りとなったのが、アイスダンスの「うたまさ」でした。彼らが会心の演技でチームの士気を一気に高め、その勢いは最後まで途切れることがありませんでした。象徴的だったのは、彼らの演技後に鍵山選手が涙を見せたシーンです。鍵山選手にとって、同世代で親しい吉田選手、森田選手の演技は心揺さぶるものがあったのでしょう。まさに駅伝のように、次の選手を信じて襷(たすき)を渡す。りくりゅうからも坂本選手に「かおちゃんに良いバトン渡すからね」という言葉があり、そして坂本選手が最終滑走の佐藤選手に伝えた「金メダルはオプション」という言葉は、過度な重圧を的確に取り除き、選手を自身の演技に集中させる最良のサポートだったと言えます。
戦略変更を余儀なくされたアメリカ、勝敗の分水嶺となったのは
まず、日本の鍵山選手と佐藤選手は、それぞれほぼ完璧と言える演技を披露しました。鍵山選手はショートで、スピン、ステップともに最高難度のレベル4を獲得し、パーソナルベスト(108.77点)に肉薄する108.67点の高得点で1位。佐藤選手もまた、最終滑走者という重圧の中でジャンプをすべて成功させ、自己ベストを更新する194.86点をマークしました。
対照的に、絶対王者と目されるアメリカのイリア・マリニン選手は、らしくないミスが続きました。これは単なる不調ではなく、五輪団体戦特有の「ピーキングの難しさ」に起因すると私は分析しています。マリニン選手自身、「個人戦に向けてペースを調整している」と語っていました。実際、団体戦では予定されていた4回転アクセルなどを戦略的に回避し、個人戦までにエネルギーを消費し尽くさないように気をつけていました。しかし、エネルギーを温存した状態で本番の演技を行うという経験は、トップ選手であっても稀です。力のコントロールに誤差が生じ、スケートのスピードやジャンプへの入り方など、普段とは異なる感覚に苦しんだのではないでしょうか。
現地で解説していても、ショートはスケーティングのスピードがいつもと比べて足りていなかったように感じました。エネルギーを温存しなければという潜在意識によって、知らず知らずのうちにスケーティングにブレーキをかけてしまっていたのかもしれません。マリニン選手にとっては簡単なジャンプでも着氷が流れず出来栄え点が評価されなかったり、いつも以上に回転不足判定を受けてしまうなど、ジャンプの精彩を欠きました。
さらに日本の猛追によって、アメリカは戦略の変更を余儀なくされました。おそらく当初は、選手を交代することも選択肢の一つとしていたであろうフリーでも、マリニン選手を起用せざるを得なくなったのです。ちなみに日本と3位のイタリアは、二つある選手交代権のうちの一つを使って、個人戦の競技が近い男子シングルの選手を交代させています。これは、日本がいかにアメリカを追い詰めたかの証左と言えるでしょう。結果としてマリニン選手は、個人戦を前にショートとフリーを2度滑るという、これまでのキャリアでは経験したことがないような過密日程を強いられることになりました。
女子シングルでは、坂本選手がショート、フリーともにアメリカのアリサ・リュウ選手と、アンバー・グレン選手を抑えて1位を獲得し、チームに大きく貢献しました。ペアでも、りくりゅうがフリーで世界歴代3位となる圧巻の演技を見せつけ、ショートとともに1位を取っています。しかし、ここで勝敗の分水嶺となったのが、アメリカペア(エリー・カム/ダニー・オシェイ組)の健闘です。彼らはフリーで当初の予想を上回る4位に入り、5位だったカナダペア(リア・ペレイラ/トレント・ミショー組)をわずか1点差で上回りました。この1点が、最終的な日米の1ポイント差に直結したのです。日本はすべての選手が予想されていた以上の結果を出しましたが、アメリカもまた、勝負どころで力を発揮したと言えます。