元巨人右腕は戸郷を見て「絶対にケガする」と思った理由 胴上げ招集も本音は「恥さらし」
前代未聞の3万5000HITで大バズり!
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プロ野球戦力外の先にたどり着いた僕の居場所
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『巨人をクビになりハローワークに通った男が、工場勤務で見つけた“本当の幸せ”』から一部抜粋して公開します。
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「右のサイドハンド」の後輩
聖心ウルスラ学園は宮崎県延岡市にあり、基本的に地元の選手が集まってきます。戸郷が住む都城市からは2時間以上もかかるだけに、よくそんなに遠い学校まで来てくれたなと感じました。
戸郷のことは「右のサイドハンド」と聞いていたので、「僕みたいな選手が入ってくるのか」とは思ったものの、特別に意識することはありませんでした。彼は高校2年夏に、エースとして甲子園出場に導きます。その時も映像を見ながら、「こんなピッチャーがいるのか」と思った程度の記憶しかありません。
それよりも、僕の頭のなかは「母校への差し入れをどうするか?」ということに向いていました。当時の僕は1軍で投げていたので、それなりに稼ぎはありました。チームに要望を聞くと、「セカンドユニホーム的なポロシャツを作ってほしい」ということだったので、部員全員分のポロシャツを寄付させてもらいました。
10年以上後になって、戸郷の自主トレをサポートしている後輩たちからお礼を言われました。
「田原さん、僕は田原さんにいただいたポロシャツを着て、甲子園に行ったんです。あの時は本当にありがとうございました!」
そんな感謝の言葉を受けてうれしかった一方で、「そういえば戸郷からお礼をされたことは一度もなかったな……」という現実にも直面しました。