巨人をクビになりハローワークに通った男が、工場勤務で見つけた“本当の幸せ”

元巨人右腕は戸郷を見て「絶対にケガする」と思った理由 胴上げ招集も本音は「恥さらし」

田原誠次

【写真は共同】

『文春野球コラム』
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『巨人をクビになりハローワークに通った男が、工場勤務で見つけた“本当の幸せ”』から一部抜粋して公開します。

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「右のサイドハンド」の後輩

 戸郷翔征は聖心ウルスラ学園の11学年下の後輩になります。彼が中学3年だった頃、当時監督だった石田敏英先生(現延岡学園監督)が僕の名前を出して熱心にスカウトしたようです。時には僕の親の協力も得て、勧誘をしたとも聞きました。石田先生からはのちに「ちょっとおまえの力を借りたから」と言われました。

 聖心ウルスラ学園は宮崎県延岡市にあり、基本的に地元の選手が集まってきます。戸郷が住む都城市からは2時間以上もかかるだけに、よくそんなに遠い学校まで来てくれたなと感じました。

 戸郷のことは「右のサイドハンド」と聞いていたので、「僕みたいな選手が入ってくるのか」とは思ったものの、特別に意識することはありませんでした。彼は高校2年夏に、エースとして甲子園出場に導きます。その時も映像を見ながら、「こんなピッチャーがいるのか」と思った程度の記憶しかありません。

 それよりも、僕の頭のなかは「母校への差し入れをどうするか?」ということに向いていました。当時の僕は1軍で投げていたので、それなりに稼ぎはありました。チームに要望を聞くと、「セカンドユニホーム的なポロシャツを作ってほしい」ということだったので、部員全員分のポロシャツを寄付させてもらいました。

 10年以上後になって、戸郷の自主トレをサポートしている後輩たちからお礼を言われました。

「田原さん、僕は田原さんにいただいたポロシャツを着て、甲子園に行ったんです。あの時は本当にありがとうございました!」

 そんな感謝の言葉を受けてうれしかった一方で、「そういえば戸郷からお礼をされたことは一度もなかったな……」という現実にも直面しました。

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