日米決戦と未知の強敵、金メダル最有力は誰か? 町田樹が読み解くミラノ五輪フィギュア女子
こうしたライバルたちに対し、日本勢の強みはどこにあるのか。坂本の「完成度」、中井の「吸収力」、千葉の「高貴さ」――。ソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務める町田樹さんに女子シングルの展望を語ってもらった。
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鍵を握るペトロシアンの存在
そこに中立選手として出場するロシアのペトロシアン選手が、どう割って入るかが見どころです。五輪予選のペトロシアン選手は演技があまり芳しくなく、合計209.63点で優勝したものの、期待には遠い出来でした。そのときはケガをしていたという情報も出ているので、ベストコンディションではなかったのかもしれません。
その後、25年12月のロシア選手権でペトロシアン選手は合計235.95点という高得点をマークしました。これは全日本選手権で坂本選手が出した234.36点を上回っています。ペトロシアン選手はトリプルアクセルを持っていますし、4回転ジャンプも確率は決して高くないものの跳ぶことはできる。それが成功したときには、メダルを獲得するシナリオも十分考えられます。基本は日米戦ですが、そこに未知数のペトロシアン選手が割って入ってくる。ここも手に汗握るポイントだと思います。
金メダルのボーダーラインとしては、合計で225点以上が1つの水準になってくると思います。ISU(国際スケート連盟)公認の今季ベストスコアは、1位が坂本選手の227.18点、2位が中井選手の227.08点です(※国内選手権のスコアは参考記録)。これに近い点数が求められると思います。表彰台入りにも220点は欲しいところですね。
坂本の強さは「全てがマックスの完成度」
坂本選手の最大の強みは、やはりジャンプのクオリティです。これは全てのカテゴリーで言えることですが、近年のジャッジの傾向として、スケーティングの速さと、それを損なわずジャンプなどの技につなげていくスキルが最も評価されています。
スケートは滑るもので、その滑りが一番速くて巧みな人が評価される。ある意味、原点回帰をしていると私は思っていますが、それができているのが男子の鍵山優真選手、女子の坂本選手、りくりゅうペア(三浦璃来選手、木原龍一選手)です。日本のトップ選手が強いのはそういう特性を備えているからでもあります。
フィギュアスケートは高い持久力と瞬発力が必要な競技です。フリースケーティングで4分間滑り続ける圧倒的な持久力を求められながら、その途中途中で無酸素状態のジャンプを跳んでいく。ものすごく辛い競技ですが、坂本選手はそれをやりきるだけの体力があり、さらに余力まである。
そして普通にジャンプを跳んでも推進力があるので、GOE(出来栄え点)をもらえますが、ジャンプの前後にも創意工夫が凝らされています。高いGOEを獲得するには、ジャンプの流れがあるだけじゃなく、音楽と要素が合っていることや、独創的な入り方なども条件になってきます。そういう要素も満たせるプログラムを彼女は作っている。だから強いんです。
「スポンジのような吸収力」中井の可能性
若い頃は、乾いたスポンジのように吸収力がすごい。世界のトップスケーターと戦う中で、その技術や強さを全部吸収して、自身のスケートに生かしています。スケーティングもシーズン序盤よりスピーディーになってきていますし、ジャンプのクオリティも非常に高い。五輪でも楽しみな存在ですね。
中井選手は今回の日本代表で唯一のトリプルアクセルジャンパーですが、今季主要大会での3回転アクセルの成功確率は3~4割程度にとどまっていますので、まだ若干不安定な部分もあります。確かにトリプルアクセルは大技で、決まったときは大きな点数になる。でも皆が思っているほど、大きなアドバンテージにはならないんです。
例えば坂本選手は、点数が1.1倍になる後半に難しい3回転+3回転のコンビネーションを入れていて、そのクオリティが高いので5点くらいの差は一気に埋められる。リュウ選手は、後半に跳んでいる3回転+3回転の2本目をループにしています。女子ではコンビネーションの2本目をトウループにする選手がほとんどですが、それをループに格上げしているので、より高い点数を獲得できる。何か創意工夫をしたり、こうしたジャンプの戦略次第で、2回転アクセル(基礎点3.3点)と3回転アクセル(基礎点8点)の得点差4.7点はある程度巻き返せてしまうんです。
今はトリプルアクセルをただ跳べるというだけでは、アドバンテージにならない。いかに確率良く、質を伴ったジャンプを跳べるかが重要です。戦略次第でトリプルアクセルの点数を越せるので、確率が高くないのであれば跳ぶ意味がなく、むしろリスクにしかなりません。そういう意味では厳しい時代です。
ただ、中井選手は3回転アクセルが注目されていますが、実はそれ以外のジャンプの成功率とクオリティーが非常によく盤石であることも大きな強みとなっています。本人も語っていますが、そうして他のジャンプが盤石であるからこそ、安心して3回転アクセルという大技に挑戦できるわけです。きっとここから五輪までのわずかな期間でも、ジャンプスキルをさらに磨いてくるでしょうから、五輪でもトリプルアクセルを当然入れてくると思います。