町田樹が徹底分析「マリニンの破壊力」と日本勢の勝機 ミラノ五輪フィギュア男子の行方

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ミラノ・コルティナ五輪フィギュア男子シングルの展望・見どころを國學院大學准教授の町田樹さんに聞いた 【スポーツナビ】

 ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート男子シングルで、金メダルの筆頭候補に挙がるのは、「4回転の神」ことイリア・マリニン(米国)で間違いないだろう。4回転アクセルに代表されるように、高難度のジャンプを自由自在に操る絶対王者は、数々の記録を打ち立てており、国際大会では2年以上も無敗を継続している。その圧倒的な力に、日本勢はどう立ち向かうのか。北京五輪で銀メダルを獲得している鍵山優真、4回転ルッツで世界随一の成功率を誇る佐藤駿、勝負師でトップクラスのジャンプ技術を持つ三浦佳生――。異なるスタイルで戦う日本代表3選手の勝機、マリニンの破壊力や外国勢の脅威について、ソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務める町田樹さんが分析する。

通常の大会とは違う五輪、その難しさは

GPファイナルでは圧倒的な力を見せて優勝したマリニン(中央)だが、鍵山優真(左)や佐藤駿(右)にも勝機はある。普段の大会と全く試合運びが違う五輪は何が起こるか分からない 【Photo by Tang Xinyu/VCG via Getty Images】

 男子シングルの展望としては、グランプリ(GP)ファイナルが五輪を占う大会でした。そこで鍵山選手と佐藤選手が2位と3位に入ったことは非常に大きかったですし、五輪でも複数のメダル獲得が期待できると思います。

 ただ、GPファイナルで優勝したマリニン選手は強いですね。たとえショートプログラムで点差が開いていても、フリースケーティングでベストパフォーマンスをされると、簡単にひっくり返して、さらに点差もつけられる。あそこまで圧倒的な力を見せつけられると、それぞれのスケーターがベストの演技をしたと仮定すれば、マリニン選手の金メダルは堅いでしょう。

 一方で、スポーツですから何が起こるか分かりません。GPファイナルのショートでは、マリニン選手にもミスが出ました。五輪は通常の大会とは全然違います。団体戦があるため、現地での滞在期間がぐっと伸びます。世界選手権やGPファイナルは週末に試合があるので、週初めに現地に入って本番を迎えますが、五輪は団体戦と個人戦でそれぞれピーキングをする必要があります。

 私がソチ五輪に出場したときは、1日の練習時間が20~30分しか取れませんでした。練習したくてもできないというストレスフルな状況が、通常の大会よりも長く続きます。「五輪には魔物が棲んでいる」とよく言われますが、その大きな要因は、普段の大会と全然試合運びが違うからなんです。北京五輪で金メダルを取ったネイサン・チェン選手(米国)も、初めて出場した平昌五輪ではショートで崩れました。それがマリニン選手に起こる可能性もないとは限りません。

「流れのあるジャンプ」が一番優れている鍵山

 そういう意味では、鍵山選手はすでに北京五輪を経験し、銀メダルも取っています。五輪の試合運びを熟知しているのは大きなアドバンテージです。

 鍵山選手の技術的な部分における強みは、スピーディーなスケーティングから、そのスピードを損なうことなく4回転ジャンプに入り、ランディング後も流れていく点です。ジャンプのエントランスと着氷後のスピード差がない、いわゆる「流れのあるジャンプ」を1番できているのが鍵山選手なんです。これはGOE(出来栄え点)の獲得につながります。この強みを遺憾なく発揮し、ミスのない演技でまとめれば、そこに勝機が芽生えると思います。

 鍵山選手は全日本選手権で優勝、GPファイナルでも2位と成績は安定していますが、最近はフリーで少しミスが出ています。本人いわく「北京五輪ではチャレンジャーとして、上を追う立場で出場していたので、試合が楽しかった」らしいんですね。ただ今は日本のエース、追われる立場になって、初めて試合の難しさを感じているそうです。この4年間で彼は追う選手から、追われる選手に立場が変わりました。それが大きな障壁になっているのかもしれません。

 ミスは出ていますが、五輪に向けて大事なときだからこそ、失敗をポジティブに捉えてもいい。原因を究明できたら、同じ過ちを繰り返さなくて済むし、今までの反省を全部生かして、五輪でベストパフォーマンスができれば、失敗も良い経験だったと言えます。鍵山選手には失敗を糧に、全ての反省をプラスに変えて五輪の舞台に立ってもらいたいですね。

「合理的」なジャンプを跳ぶ佐藤、4回転ルッツの成功率は世界随一

 佐藤選手も有力なメダル候補です。私は、選手のジャンプ成績を全て記録して、成功率を算出するためのデータセットを作っているんですが、今季に限れば佐藤選手の4回転ルッツの成功確率はマリニン選手よりも高く、世界随一を誇っています。4回転アクセルは例外として、4回転ルッツは4回転で最も難しいジャンプです。それを世界一の確率で手堅く決められる佐藤選手も、相当なアドバンテージを持っていると言えます。

 技術面においては、鍵山選手と佐藤選手のジャンプは対照的です。鍵山選手はスピードあるスケーティングから、その勢いを跳躍の爆発力に変えて、大きなジャンプを跳ぶ。だから加点を多くもらえます。一方で佐藤選手のジャンプは合理的で、ともすればコンパクト。これはジャンプが小さいということではなく、無駄がないということです。4回転という難しい技をやろうと思えば、普通の選手は体をひねり、その推進力、ねじりを使いたがります。ただ佐藤選手のジャンプは、ほとんどねじりがない。本当に必要最低限の動きでテイクオフして、回転してストンと降りてきます。だから無駄がなくて合理的だし、空中でジャンプの軸が歪むこともあまりない。それが高い成功率の要因だと考えられます。また、そうした姿勢が良かったり、無駄な力が全くないようなジャンプも高い出来栄え点を獲得することが可能です。

 鍵山選手のジャンプも素晴らしいですが、佐藤選手と比べてわずかに成功率が下がる。鍵山選手がジャンプを失敗するときは、跳び上がった後に軸が流れていることが多い。これはジャンプへの導入スピードがとても速く、かつジャンプそのものも非常に高いためです。そのぶん成功すれば加点はたくさん付きますが、ジャンプがダイナミックであるがゆえにそのリスクを背負っています。

 車で考えてみても、急カーブを時速30キロくらいまで落として侵入するのと、100キロのまま突っ込むのとでは、ハンドリングの難しさは明白ですよね。スピードを落とせば確実にハンドルを切れますが、100キロでは耐えられず、コースアウトやクラッシュする可能性もある。つまり鍵山選手のジャンプは、高度なコントロール力が必要だということ。もちろん鍵山選手と佐藤選手のジャンプについては、どちらが良い悪いというわけではなく、あくまでスタイルの違いです。二人とも成功率とクオリティーにおいて、世界最高レベルのジャンプスキルを持っているということに変わりはありません。

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