F1新王者を最もよく知る日本人、今井弘が語るランド・ノリス【前編】

柴田久仁夫
 ランド・ノリスが、ついにF1の頂点に立った。2019年にマクラーレンのレースドライバーに抜擢。初ポールポジションこそ3年目の2021年に獲得したものの、初優勝は6年目の2024年と、決して順風満帆なキャリアではなかった。そんなノリスの成長を支えてきた日本人がいる。一昨年までマクラーレンのレースエンジニアリングダイレクターを長く務め、昨年からは古巣のブリヂストンでレースタイヤの開発統括の立場にある今井弘さんだ。

「いきなり速い、新世代のドライバーでした」

一昨年まで在籍したマクラーレンでのノリスとの出会いを語る今井弘エンジニア 【©柴田久仁夫】

ーー今井さんが初めてノリスに会ったのは、いつでしたか?

今井 デビュー2年前、2017年ハンガリーGP後のルーキーテストでした。当時、まだランドはF3ドライバーでした。2日間のテストでしたが、今思うと、ものすごく豪華なラインナップでしたね。ランドにジョージ・ラッセル、シャルル・ルクレール、ピエール・ガスリーなどの名だたるドライバー、これからF1で活躍するだろうと思われるドライバーたちがごっそり来て、初めてのF1テストをした。その後7戦くらいかな、FP1で走ってもらって、2019年からF1デビューしたということですね。

ーーレギュラーとして走ってもらうことを見据えての、FP1起用だった?

今井 2018年はF2ドライバーだったわけですが、ええ、そうですね。翌年からF1に乗ってもらう前提でトレーニングさせようということでした。

ーーその時点で18歳と若かったですし、F2では最終的にタイトルも取れなかった。それでもマクラーレン側は今井さんも含め、「この子ならレギュラーを任せても大丈夫」という感触があった?

今井 大丈夫かどうかは別として、間違いなく速い。間違いなく結果も出せると思っていました。当時、柴田さんは、ランドをあまり評価されてませんでしたよね。

ーー確かに(苦笑)。僕はラッセルをより推していました。

今井 なので私は、「見る目がないですね」と言いました(笑)。確かにジョージも速いドライバーです。それは間違いない。2018年のF2タイトルは、ジョージが獲りましたしね。でも二人は、ちょっとタイプが違う。F2までを見ていても、ランドの方がミスは少ない。一発も速いし、レースでも非常に安定している。一方でジョージは爆発的な速さがある。あの当時思ったのは、ルクレールも含めて新世代だなと。F1にいきなり乗って、いきなり速い。ハンガロリングは簡単に見えますけど、丘の上の高速シケインとか、意外に手強い。ミスが許されないコースなんですが、コントロールの限界ギリギリまで行っても、彼らはうまくこなしていた。慣れるにつれて速く走るのではなく、いきなり速い。そこは印象深かったですね。たとえば最後にニュータイヤを履かせて、「じゃあ、これで行ってみて」と送り出すと、パンッとベストタイムを出す。そこは今までのドライバーと全然違うなと思いました。しかもランドはあの初テストで、セバスチアン・ベッテルに次ぐ総合2番手のタイムを出した。

ーー安定して結果を出すというのは、F1デビューしてからも変わらないですね。当時のマクラーレンはまだタイトルを狙えるほどではなかったですが、コンスタントに入賞してました。

今井 ええ。2年目の2020年には、開幕戦で初表彰台に上がっている。ルイス・ハミルトンがペナルティを受けて、5秒以内に入れば3位だった。最後の2周で2秒近く縮める必要があったんですが、そこで全力プッシュして滑り込んだ。非常に印象深いレースでした。

着実な成長。しかし依然として未勝利

19歳でF1デビューしたノリスは、今井さんたち技術陣から貪欲に知識を吸収していった 【©柴田久仁夫】

 とはいえデビュー1年目のノリスは、チームメイトのカルロス・サインツになかなか互角の勝負を挑めずにいた。

ーーサインツは経験も実績もあるドライバーでしたが、二人の様子は?

今井 カルランドと呼ばれていたぐらい、二人は仲が良かった。カルロスはランドの面倒をよくみてくれたし、車のこともよくわかっている。ランドは彼から、多くのことを吸収したと思いますね。ただ1年目のランドは、レース週末の各セッションで、どうしてもカルロスに出遅れてしまう。新人ドライバーとしては珍しいことではないんですが、FP1からペースが劣る。その遅れを予選、レースまで引きずってしまう。予選だと、Q1のラン1はほぼカルロスより遅い。そういうパターンでした。ただランドはミスをしないで安定しているので、最初に出遅れても、そこから挽回していけた。なのでQ3の時点では、カルロスとほぼ同じ速さを見せてましたね。

ーー実際、予選ではサインツを凌ぐ結果を出していますが、レースは3位表彰台に上がったサインツに対し、6位入賞が最高位でした。

今井 ええ。そうやって1年かけて学んで行った結果、翌2020年には最初からほぼ同じペースで走れるようになってました。そこからは、レースクラフトの改善に取り組んでいましたね。レース全体を通して、ペース配分とか、タイヤマネージメントとか、大局を見る能力ですね。それを磨いていきました。ランド自身も苦労したでしょうし、我々エンジニアメンバーもどうすれば改善できるか、学んでもらえるか、ランドも交えて相当話し合いました。そういう話し合いは、日常的にやってました。うまくいかないことも多かったですが、だんだん改善していきました。

ーー3年目の2021年は、サインツに代わってダニエル・リカルドがチームメイトになった。実績も優勝経験もあり、マックス・フェルスタッペンと遜色のない結果を出してきたドライバーでした。

今井 すでにカルロスと2年間やって経験も積んでいた。レースクラフトもレベルが上がっていた。なので3年目は、自分が学んだことをいかに結果に結びつけるかの1年でしたね。2021年は、車自体も悪くなかった。すごくいい、というほどではなかったですが、悪くはなかった。それもあってシーズン序盤から、ダニエルと遜色のないペースを出せてました。イタリアGPでダニエルが勝った時も、ランドのペースもほぼ一緒でした。なのでランドも我々も、これは勝てるかもしれないという実感を得た1年でした。

ーーところが2022年は、苦戦を強いられました。

今井 グランドエフェクトカーに大きく変わって、かなり苦労した印象です。車の性質が全然違うので、乗り方を変えないといけなかった。何より、なぜそうなるかを理解しないといけなかった。その辺りの適応力が問われたと思います。エンジニアとしても、2021年までの考えでいくと、当然うまくいかない。

ーーそのあたり、ノリスの適応はいかがでした?ドライビング、技術的な理解の深さ、両方で。技術的に理解して、じゃあこういう運転にしようというアプローチだったのか。あるいは本能的に適応していったのか。

今井 今の世代のドライバーはランドに限らず、エンジニアリング的な理解が非常に深い。その中でどうドライビングしたらいいのかを、データを見ながら詰めていく。そういう作業は、慣れたものですね。本能で走るとか、そういう時代じゃないのは間違いない。なぜ今こうなっているかというのは、よく理解してくれてました。じゃあそれを改善するためにどうしたらいいか、その辺りの自分のドライビングへの理解の深め方は、しっかりできていると思います。

ーーノリスは自宅でも、よくシミュレーターに乗ってますね。

今井 それどころか、こんなことがありました。各GPの週末に、チームが招待客用にかなりちゃんとしたシミュレーターをパドックホスピタリティに設置したんですね。それで楽しんでもらおうと。ところがそれに乗ってるのは結局、カルロスとランドだけだったんです(笑)。僕らと打ち合わせのない時、マーケティング関係の仕事がない時は、二人でずっと乗ってる。あーだこーだと言い合いながら。

ーー遊びという感じではなく?

今井 基本は遊びですが、とはいえ「このコーナーは、こうやったら」とか、けっこうマジでした。これじゃ意味がないからと、途中から置くのはやめました。とにかくドライビングの理解、改善しか頭にない感じでした。

 サインツとの2年間、リカルドとの2年間を経て、ノリスは着実に成長を遂げていった。特に2022年のノリスは、予選、レースともにリカルドを圧倒し、3倍以上のポイントを獲得した。とはいえ通算82レースを戦いながら、いまだ未勝利。その意味では同世代のルクレール、ラッセル、ガスリーに遅れを取っていた。そして2023年からは、新人オスカー・ピアストリをチームメイトに迎えた。

(後編に続く)
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント