なぜ日本人はF1で勝てないのか あと一歩に迫った右京、琢磨、可夢偉
角田裕毅のいないF1
日本人のフル参戦F1ドライバーは、中嶋悟から角田まで10人を数える。その中では鈴木亜久里、佐藤琢磨、小林可夢偉の3人が3位表彰台に上がっているが、勝者は一人も出ていない。中嶋が1987年にデビューしてからすでに40年近く経つのに、日本人はF1で一度も勝てていない。なぜ彼らだけが、ここまで勝利から遠いのか。
「強いクルマに巡り合えば、十分勝てる」
まず初代の中嶋だが、数年前、「なぜあなたはF1で勝てなかったのか」と、本人に直接尋ねたことがあった。その時、中島はこう答えている。「僕の場合、(F1参戦は)冒険だった。挑戦ですらなかったんだよ」と。つまりF1まで辿り着くこと自体が、開拓者の中嶋にとっての目的であり、そこで勝つことなどまさに夢の夢だったということだ。それでも「5年間やってるうちに、たとえばネルソン・ピケのチームメイトの時とか、時々互角の勝負ができた。そういう時、強いチーム、強いクルマに巡り合えれば、十分勝てると思ったよ。日本人であれ、何人であれね」と語っていることは、非常に興味深い。
続く鈴木亜久里は、デビュー初年度こそ全戦予備予選落ちという屈辱のシーズンを送ったが、2年目に3位表彰台を獲得。順調にF1での実績を積んだ行くかに思われたが、マシン開発の失敗、チーム運営のゴタゴタ、バブル崩壊に伴うメインスポンサーの撤退などで、本来の実力を出せないままF1キャリアを終えることになった。
フル参戦3人目の片山右京は、アイルトン・セナが事故死したシーズンでもある1994年の活躍が忘れ難い。この年の右京は、とにかく速かった。予選でグリッド上位を射止めただけでなく、決勝レースでも表彰台圏内を何度も走った。しかしティレルマシンは信頼性が致命的に不足し、メカトラブルによるリタイアに泣かされた。ドイツGPやイタリアGPはそのトラブルさえなければ、2位、あるいは3位表彰台が確実の展開だった。