なぜ日本人はF1で勝てないのか あと一歩に迫った右京、琢磨、可夢偉

柴田久仁夫

角田裕毅のいないF1

今季の状況次第では、シーズン途中の角田のレース復帰もあるかもしれない 【©Redbull】

 今年も3月上旬のオーストラリアGPを皮切りに、F1世界選手権が開幕する。しかし角田裕毅がレースシートを失ったことで、今季のF1に日本人ドライバーは一人もいない。2020年以来6年ぶりの事態だ。

 日本人のフル参戦F1ドライバーは、中嶋悟から角田まで10人を数える。その中では鈴木亜久里、佐藤琢磨、小林可夢偉の3人が3位表彰台に上がっているが、勝者は一人も出ていない。中嶋が1987年にデビューしてからすでに40年近く経つのに、日本人はF1で一度も勝てていない。なぜ彼らだけが、ここまで勝利から遠いのか。

「強いクルマに巡り合えば、十分勝てる」

現役引退後の鈴木亜久里は後進の育成に熱心に取り組んでいる(左は松下信治選手) 【©柴田久仁夫】

 ここで彼らの足跡を、何人かに絞って辿ってみよう。

 まず初代の中嶋だが、数年前、「なぜあなたはF1で勝てなかったのか」と、本人に直接尋ねたことがあった。その時、中島はこう答えている。「僕の場合、(F1参戦は)冒険だった。挑戦ですらなかったんだよ」と。つまりF1まで辿り着くこと自体が、開拓者の中嶋にとっての目的であり、そこで勝つことなどまさに夢の夢だったということだ。それでも「5年間やってるうちに、たとえばネルソン・ピケのチームメイトの時とか、時々互角の勝負ができた。そういう時、強いチーム、強いクルマに巡り合えれば、十分勝てると思ったよ。日本人であれ、何人であれね」と語っていることは、非常に興味深い。

 続く鈴木亜久里は、デビュー初年度こそ全戦予備予選落ちという屈辱のシーズンを送ったが、2年目に3位表彰台を獲得。順調にF1での実績を積んだ行くかに思われたが、マシン開発の失敗、チーム運営のゴタゴタ、バブル崩壊に伴うメインスポンサーの撤退などで、本来の実力を出せないままF1キャリアを終えることになった。

 フル参戦3人目の片山右京は、アイルトン・セナが事故死したシーズンでもある1994年の活躍が忘れ難い。この年の右京は、とにかく速かった。予選でグリッド上位を射止めただけでなく、決勝レースでも表彰台圏内を何度も走った。しかしティレルマシンは信頼性が致命的に不足し、メカトラブルによるリタイアに泣かされた。ドイツGPやイタリアGPはそのトラブルさえなければ、2位、あるいは3位表彰台が確実の展開だった。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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