天皇杯バスケの「新方式」が持つ意味と背景 日本人ビッグマン育成に与える影響は?

大島和人

第101回天皇杯はA東京が14年ぶりの優勝を果たした 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 第101回天皇杯全日本バスケットボール選手権大会は、アルバルク東京の優勝で幕を閉じた。A東京はファイナルラウンド2回戦から登場すると7日の富山グラウジーズ戦(89◯79)、8日の群馬クレインサンダーズ戦(83◯80)、10日の準決勝・三遠ネオフェニックス戦(80◯75)と勝ち上がり、12日の決勝はシーホース三河72-64で退けた。

 A東京は安藤周人、大倉颯太ら複数の主力を負傷で欠いていた。ローテーションを8人、もしくは9人で回す苦しい台所事情だったが、6日で4試合(リーグ戦を含めると10日で6試合)のタフな連戦を乗り切った。

 第101回大会は「新しい天皇杯」でもあった。2017年度から8シーズンは準々決勝、準決勝、決勝と1カ月程度の間隔を空ける方式だった。また準々決勝、決勝は平日開催で、決勝は3月に行っていた。

 しかし今大会は1月上旬に、東京都内で集中開催する方式になった。B1枠の8チーム、B2枠4チーム、地域から勝ち上がった9チームなど合計24チームが出場し、7日間のファイナルラウンドを戦った。

 もう一つの大きな変更点は外国籍選手の「オン・ザ・コート(同時出場)」ルールだ。通常のBリーグは外国籍選手の同時起用が2名以内で、加えて帰化選手・もしくはアジア枠をもう1名コートに立たせられる。2026年秋に開幕するB.PREMIER(Bプレミア)は外国籍3名+帰化・アジア1名と増える。

 一方で今大会は「外国籍1名/帰化・アジア1名」と枠が絞られた。当然ながらこのルールの影響が強く出て、今後もそれは同様だろう。

 前提としてBリーグはインサイドプレイヤーを外国出身選手に大きく依存している。オン・ザ・コートが「1」となり、天皇杯における帰化選手(16歳以降に国籍を変えた選手を意味する、FIBAの定めた規定)と日本人ビッグマンの重要性は一気に上がった。

 大会のベスト4を見ると、どのチームもパワーフォワード(PF)かセンターを任せられる帰化選手がいた。決勝に勝ち残ったA東京、三河は他に能力の高い日本人ビッグマンもいた。

天皇杯改革、3つのポイント

 天皇杯の改革には3つのポイントがあった。日本バスケットボール協会(JBA)の渡邊信治事務総長はこう説明する。

「1つは代表を含めた過密スケジュールの解消。2つ目はルールを統一して、日本人の出場機会を増やす大会にすること。3つ目は集中開催です。(試合が)分散して飛び石になるやり方でなくなったため、皇后杯も含めてトータルの価値を上げるプロモーションがしやすくなりました」

 日程変更は代表強化にリンクしている。

「JBAに男子代表強化検討部会という組織を作りました。2月に天皇杯があるとその後のウィンドウ(※例年2月末にW杯、アジアカップの予選が組まれる)に備えた代表期間が短くなります。特定のチームだけ試合があって呼べないような状態を解消する狙いがありました」

 また東アジアスーパーリーグ(EASL)などクラブの参加する国際大会が増えている。近年の天皇杯は過密日程を回避するため、EASL出場チームが準決勝からトーナメントに入っていた。理由があるにせよ「2勝で優勝」という仕組みに違和感を持っていたファンもいるだろう。

 外国籍選手の出場枠(オン・ザ・コートルール)変更は、2026年秋のBプレミア発足が関係している。そもそもBプレミアは「日本人選手のレベルを上げるために敢えて厳しい競争環境を用意した」カテゴリーだ。一方でJBAは天皇杯で日本人選手の出番を増やす選択をした。

 渡邊事務総長はこう説明する。

「2026年のB.革新でオン・ザ・コートルールは変わります。天皇杯はBプレミアとそれ以外でそこを統一する必要がありました。B.ONE、大学がBリーグとやるときもイコールコンディションであるべきだろうという理由で、こう統一しました」

 B.ONEは現行のB1と同じオン・ザ・コート2で、大学バスケはオン・ザ・コート1だ。天皇杯についてはすべて「1」に揃える決定をした。また飛び石開催になると「外国籍2枠(来季以降は3枠)」「外国籍1枠」の試合が混在してチーム作りが難しくなる。それは集中開催の一因になった。

 今後の修正はあり得るが「少なくとも2年間はこのルールでやる」とのことだった。

21歳・星川は何を学んだか?

星川は筑波大を中退して宇都宮入りした21歳 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 宇都宮ブレックスは準決勝で三河に敗れたが「日本人ビッグマン」の奮闘が見えた。まもなく41歳を迎える大ベテランの竹内公輔は健在で、さらに21歳の星川開聖がどの試合も20分前後のプレータイムを得ていた。星川は通常のリーグ戦だとスモールフォワード(SF)だが、天皇杯は主にPFでプレーしていた。194センチ・100キロのフィジカルで「力負け」はなかったが、課題も見えた。

「1番から4番までマッチアップがあったのですが、フルコートでプレッシャーをかけるところ、外国籍とのマッチアップで、やられる場面は少なかったです。だけどチームとしてヘルプ、ローテーションができなくて、マークが空くところが多く、そこは自分も含めてまた課題かなと思います」(星川)

 準決勝は、オフェンスに悔いを残した。

「最初に思い浮かぶのは、フリーのシュートを決め切れなかったことです。(相手の守備が)D.J(ニュービル)やマコさん(比江島慎)に寄っている中で、シューターの選手が決め切らないと、今日みたいな試合になってしまいます」

 もっとも次につながる課題を得たことは、前向きな部分でもある。「何ができて、できないのかは出ないと分からないので、それはかなり大きかった」と星川は口にする。

 出場時間が数分ならファウルアウト(5ファウル)は気にせずファウルできる。ファウルするにしても1点を争う試合なら「バスケットカウントにしてしまうなら、ハードファウルではっきり止めたほうがいい」という一瞬の判断が大切になる。そういった駆け引き、ディテールは「シビアな試合に長く出る」ことで初めて学べる部分だ。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、バレーボール、五輪種目と幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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