新井宏昌が進言も...ペタジーニ獲得は幻に 仰木監督は悩んだ末に獲得せず“後悔”
にもかかわらず、野球のオールドファンは“近鉄愛”を持ち続け、メディアではたびたび「近鉄」がテーマになっている。
故・西本幸雄監督が作り上げた軍隊式の厳しい練習もさることながら、いわく二日酔いで打ち続けた、いわく優勝旅行は貧乏旅行、いわく登板直前まで漫画を読んでいた――と、昭和らしい伝説は枚挙に暇がない。
節目の年に「近鉄バファローズの伝説」を一挙にまとめ、栄光の裏で起きていた豪快かつ愉快な一面をフィーチャー。近鉄の野球史を次世代に残す意義のある一冊である。
『近鉄バファローズ豪快伝説 球団消滅から20年、今明かされる、真実』から一部抜粋して公開します。
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「仰木さんとは5年間、監督と選手として過ごしました。近鉄では打撃コーチに中西さんがいたので、私が仰木さんから直接アドバイスや指導を受けた記憶はほとんどありません。その代わり、チームや選手について意見を求められることはありました。よく覚えているのは、仰木さんから手渡されたビデオ。ビデオには球団の獲得候補になっている外国人選手のプレーが録画されていました。仰木さんに『来季に向けて獲得を検討しているから、活躍しそうか難しそうか、お前の意見を聞かせてくれ』と言われるわけです。ビデオをチェックする役割は、オリックスで仰木監督のもと、打撃コーチをしていたときも同じでした。
一度、仰木さんに文句を言われたことがあります。獲得候補の外国人にヤクルトや巨人でプレーしたペタジーニが入っていました。ビデオを見た私は『いい選手なので獲りましょう』と進言しましたが、仰木さんは迷った末に獲得しなかった。スイングに納得できないところがあったみたいです。それで、翌年にヤクルトが獲得して大活躍。『あのペタジーニですよ。獲ったら良かったですね』と話したら、『アホ! お前が強くプッシュせんからや』『プッシュしましたよ』『もっとプッシュせんかい。プッシュが弱いわ』と話しながら、仰木さんは悔やんでいましたね。オリックスにペタジーニが入団していたら、リーグ連覇はもっと長く続いていたかもしれません」
仰木監督は近鉄の指揮官をしていた頃から、データを重視していた。よく的中する采配は「仰木マジック」と呼ばれたが、スタメンの決定や投手といった采配の根拠はデータ。現役時代に自分の後ろを打つ打者と相手投手の相性を考えて打席に立っていた新井が、仰木監督から信頼を寄せられたのは腑に落ちる。現役引退後の1993年、新井がオリックスの打撃コーチに就任したのも、仰木監督からの誘いだった。
「仰木さんは、一番自信がある采配は投手交代、と口にしていました。早め早めの交代で、打たれる前に代えることを信条としていましたね。近鉄の投手陣が『交代のタイミングが早いです。なぜ、もっと投げさせてくれないんですか?』と聞きに行ったことがあるそうです。すると仰木さんは『数字は悪くないやろ? 給料も上がっているやないか』と答え、投手たちは黙ってしまったとのことでした。仰木さんは自分の選手と相手選手との対戦データから、選手の力を最も引き出す起用法を考えていました。打者も投手も、対戦する選手との相性が良ければ、気分良く自信をもって打席にもマウンドにも立てます。仰木さんは、そのアドバンテージをうまく生かしていました。
最も顕著だった例は、オリックス時代の『日替わりオーダー』です。当時は出塁率の高いイチローをどう還すのかを考えて、打順を決めていきました。スタメン固定が当たり前だった時代に、シーズンで百何十通りのオーダーを組みました。最初は選手からものすごく反発がありました。活躍しても次の試合でスタメンを外されたり、あまり打っていない選手が急に4番に抜擢されたりするわけですから。ところが起用された選手が次々と結果を出すので、選手の不満は消えていき、次第に自分の出番はいつなのかわかってくるので自ら準備する。チームに好循環が生まれていました。
オリックスの1軍打撃コーチに就任したのは、引退して2年後の1994年でした。ただ、実際は先に近鉄からコーチの話があり、就任が内定していたんです。近鉄の球団社長から1軍打撃コーチの打診をいただき、私は『前向きに考えます』と返事をしました。ところが、しばらくして近鉄の監督をしていた鈴木啓示さんが、同い年の水谷実雄さんを打撃コーチに招聘しました。私は鈴木さんよりも5歳年下で、頼りないと思われたのかもしれません。
近鉄の話がなくなって少し経ってから、オリックスの監督に決まった仰木さんから『お前が打撃コーチをやれ』と電話がかかってきました。近鉄を倒す側に回ったわけです。当時オリックスにはイチローの振り子打法を考案した河村健一郎さん、近鉄の先輩だった小川亨さんが、打撃コーチで在籍していました。仰木さんからは『お前が責任者になって、一緒にやるコーチを選べ』と。私はコーチ未経験で、しかも2人は年上。選べるわけがないですよね。仰木さんは『お前の特徴を出してみろ』とコーチを信頼して任せるタイプ。コーチの考えを尊重して、仕事をやらせ、その結果を評価していました」