選手権スターが選ぶ同世代ベストイレブン【太田宏介編】「乾、平原は強烈に覚えている。悠は一番のライバル」

菊地正典

1987年生まれ、「調子乗り世代」の一員としてU-20ワールドカップにも出場した太田が、選手権に出場した同世代の思い入れのある名手たちを選んだ 【菊地正典】

 冬の風物詩である全国高校サッカー選手権のスター選手が選ぶ同世代のベストイレブン。今回登場するのは、2004年度、05年度と2度選手権のピッチに立った1987年生まれの太田宏介だ。高校卒業後に横浜FCでプロ入りした稀代のレフティが選んだ同世代ベストイレブンは?

選手権の開会式で小学生以来の再会

GK
林彰洋
(流通経済大付属柏高→流通経済大→FC東京など/87年5月7日生まれ)


 彰洋とは小学5年生のときから東京都の選抜で一緒で、小学生のころから体も大きかったです。選手権の開会式で小学生以来に会えたのがすごく嬉しかったんですよね。精神的にも肉体的にも自分よりはるかに大人になっていた彰洋に衝撃を受けたんですよ。のちにFC東京でチームメートにもなりますが、僕たちの世代を代表するGKであることは間違いないです。

 彰洋は存在感があって、大声でしゃべるよりも的確な指示を分かりやすく伝えてくれるGKですね。対戦相手としては、僕はセットプレーのキッカーが多かったですけど、彰洋は守備範囲が広く、空中戦に強いので、ちょっと浮かしてしまうとキャッチされてしまうイメージです。総合力が高いGKですね。

DF
中村北斗
(国見高→アビスパ福岡など/85年7月10日生まれ)


 3つ上の代、北斗君が高校2年生だったときの選手権の決勝、国見と市船(市立船橋高)の決勝を国立競技場で見たんですけど、小川佳純くん(市立船橋高→明治大→名古屋など)強烈なミドルシュートが決勝点でした。あの試合はよく覚えています。

 国見が優勝した翌年も平山相太くん(国見高→筑波大→ヘラクレスなど)や渡邉千真(国見高→早稲田大→横浜F・マリノスなど)など豪華なメンバーの中で、北斗くんは何でもできるユーティリティー性がありましたし、とにかく対人に強くて高校生離れしていました。豆タンクのような体でしたね(笑)。こういう人がダイレクトにプロに行くんだなという印象を持った選手でした。

DF
作田裕次
(星稜高→筑波大→ツエーゲン金沢など/87年12月4日生まれ)


 センターバックは「ザ・女子高生が憧れる高校サッカー選手」だった増嶋竜也くん(市立船橋高→柏レイソルなど)も外せないですが、僕らの年代のセンターバックといえば作田でした。星稜高は1学年上がベスト4に入りましたが、2年生で試合にも出ていましたし、同い年でこの集団にいるんだと思うと悔しかったですね。

 僕も作田も2年、3年と選手権に出ていたんですけど、これまで不思議と接点がなくて、今は何をしているんでしょうね。僕らは1987年生まれで、Jユース出身では槙野智章や柏木陽介、安田理大がいたりするんですけど、作田は87年生まれのJリーガーのLINEグループにも入っていないんですよ。どこかで会いたいですね。

絶対に対戦したくない強面の闘将

04年度の選手権を制した鹿児島実業のキャプテンを務めた岩下。清水時代には太田とチームメートだった 【写真:アフロ】

DF
岩下敬輔
(鹿児島実業高→清水エスパルスなど/86年9月24日生まれ)


 僕が高校2年生のときに鹿実が優勝して、FWには僕と同級生の栫大嗣(鹿児島実業高→サガン鳥栖)、赤尾公(鹿児島実業→鹿児島ユナイテッドなど)がいましたが、そのチームのキャプテンだったのが1歳上の岩下くん。絶対に対戦したくない強面の闘将センターバックでした。高校生らしからぬ余裕と威圧感みたいなところがめちゃめちゃ怖かったですね。

 僕は清水エスパルス時代に3年間一緒にやりましたけど、オンとオフの切り替え、ピッチに入るときのスイッチみたいなものが岩下くんはすごかった。僕にはないものだったので、すごく憧れましたし、勝つチームにはこういう強烈なリーダーがいないといけないと思わせてくる選手の1人でした。

 岩下くんも何でもできます。足元もうまいし、点も取れるし、頭も使えるし。今の時代、ああいう闘将タイプはなかなかいないので貴重ですし、ああいう高校生が登場してくれるとうれしいですね。

DF
左山晋平
(広島観音高→ベガルタ仙台など/87年5月4日生まれ)


 僕は高校3年生のとき、プロになりたかったんですけど全然話がなくて、あるつながりでなんとか仙台の練習に参加できたんです。そうしたら、当時の監督だった都並敏史さんが僕のことをすごく褒めてくれて、「宏介、来いよ」と言ってもらえたものの、その数日前に同じポジション、同じ左利きの左山の加入が内定していて。結局、僕の仙台入りは実現しなくて、めちゃくちゃ悔しかったです。

 のちに僕は横浜FCに加入することができましたが、プロとしての最初の目標は絶対に左山よりも先に試合に出ることでした。それと、仙台との試合は絶対に負けない、見返してやろうという思いがありました。選手権を通じて僕の将来への火をつけてくれたのが左山でした。高校選抜に入っていたり、僕より何歩も先に行っていた選手だったので、追いつけ追い越せと意識していましたね。

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著者プロフィール

福島県出身。埼玉大学卒業後、サッカーモバイルサイトを運営するIT企業を経て、フリーランスに。2025年はサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフユナイテッド市原・千葉の担当記者を務める傍ら、サッカー日本代表や過去に担当した浦和レッズや横浜F・マリノス、川崎フロンターレなどJリーグを中心に取材している。著書に『浦和レッズ変革の四年 〜サッカー新聞エルゴラッソ浦和番記者が見たミシャレッズの1442日〜』(スクワッド)、『トリコロール新時代』(スクワッド、三栄書房)がある。

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