降板前に視察終了、ドラ1巡るスカウト事情 途中入団→HR王の助っ人はなぜ格安で獲得できた?
チームづくりに奔走
栄光と苦悩と激動の20年
選手、監督、フロントとしてライオンズに長く関わってきた渡辺久信氏がチームづくりを振り返る。
2004年に二軍の投手コーチとしてライオンズに復帰してから、GMを務めた2024年までを中心に振り返った書籍『獅子回顧録』(渡辺久信著)から一部抜粋して公開します。
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スプリングキャンプで見つけた大砲・メヒア
メヒアは掘り出し物の優良助っ人である。シニアディレクターの仕事のひとつとして、2月下旬から3月にかけて、MLBのスプリングキャンプを巡っていた。ブレーブスのキャンプに足を運んだときに、目に留まったのがメヒアだった。フリーバッティングでの飛距離がとてつもない。まだ、メジャーには一度も上がっていないが、前年にはブレーブス傘下の3Aで30本近いホームランを打っている。ただ、打つ専門で足が遅く、ファーストの守備も怪しい。ブレーブスのメジャーは、ファーストやDHのレギュラーがすでに決まっていて、メヒアが入り込むチャンスがなかなかない、という話だった。
外国人の交渉を担当する宮田隆さんと一緒に見ていて、「もし、シーズン中に外国人を補強する状況になったとき、一番手の候補に位置付けしておきましょう」と話し合った。年齢も若く、28歳になる年だった。宮田さんは、「もしかしたら、ブレーブスがアジア用のビジネスのために取っているかもしれない」と心配していた。つまりは、アジアの球団の足元を見て、高いトレードマネーを要求してくる、ということだ。実際に、相場以上のトレードマネーを吹っかけてくる球団もあった。
NPBのシーズンが始まり、うちの打線の状態がどうにも上がらない現状を見て、宮田さんと「もうメヒアに行きましょう。すぐに行きましょう」とブレーブスと交渉を始めた。思いのほか交渉がうまく行き、本人も日本でチャレンジしたい気持ちが強い。トレードマネーもかなりの格安で、年俸は4000万に満たない額で契約を交わすことができた。
今でも覚えているが、日本で初めて会ったとき、背丈に合わないキツキツのスーツを着てきた。メジャーに一度も上がったことがないので、移動用のスーツを持っていなかったのだろう。おそらく、日本に入国してすぐにスーツを買ったと思うが、体の大きいメヒアに合ったスーツが売っていなかったのではないか。今思えば、そのときに球団側でジャストサイズのスーツを仕立ててあげれば、もっとモチベーションが上がっていたかもしれない。
メヒアは期待通りによく打ってくれた。あれぐらいはやってくれると思っていたので、驚きはしない。ハングリーさも持っていて、西武のために本当によく働いてくれたと思っている。8年間在籍し、通算142本塁打。思い出に残る外国人選手のひとりである。