書籍『獅子回顧録』

「言い訳になってしまうかもしれないが…」6球団競合右腕を引き当てるも割れた育成方針

渡辺久信

【写真は共同】

「ライオンズは強くなければいけない」
チームづくりに奔走
栄光と苦悩と激動の20年

選手、監督、フロントとしてライオンズに長く関わってきた渡辺久信氏がチームづくりを振り返る。
2004年に二軍の投手コーチとしてライオンズに復帰してから、GMを務めた2024年までを中心に振り返った書籍『獅子回顧録』(渡辺久信著)から一部抜粋して公開します。

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優勝を逃した悔しさから一人旅に

 じつは、優勝を逃したこの年に、責任を取って監督を辞めるつもりでいた。奥さんにそれとなく話したら、「パパ、3年やったんだから、もういいんじゃない」と言われた。やはり、監督業は精神がすり減るもので、勝っているのであればいいが、負けている監督が長くやるものではない。

 CSのファーストステージでロッテに敗れたあと(2試合ともに延長で敗れるタフな試合だった)、ひとりで考える時間がほしくて、愛車を運転して旅に出た。はじめから予定を組んだわけではなく、そのときの感情で行きたい場所を巡った。

 まずは、松本城に行き、そこから善光寺に向かい、黒部ダムに寄ってから、兼六園まで車を走らせた。次に東尋坊に行こうと思ったが、自殺の名所というのもあり、さすがにちょっと気が引けた。西に向かい、白川郷の合掌造りを見てから、京都に入り、金閣寺、銀閣寺や清水寺に足を運んだ。決して、国宝や寺が好きなわけではなく、どうせ行くのであれば空気が良さそうなパワースポットで、ひとりになりたかったのだ。

 その都度、空いているホテルを探して自分で予約をして、結局5泊か6泊ぐらいした記憶がある。今も思い出深いのは、黒部ダムで松茸を購入したときのことだ。販売所の小屋にクロネコヤマトのマークが見えたので、「家族に送ってあげよう」と松茸を選んだ。東京で買うよりも安くてびっくりしたのだが、松茸を見ていると、お店のおじさんが「あれ? 渡辺監督! こんなところで何をしているんですか?」と声をかけてくれた。すると、おじさんの息子が少年野球をやっているとのことで、「息子にサインを書いてほしいから、今から色紙を買ってくる。その間に店番しておいてよ!」とお願いされてしまったのだ。

 思いがけない展開に、「お客さんが来たら困るなぁ」とドキドキしてしまった。結局、ひとりも来なくてホッとしたのだが、おじさんがお礼に松茸をふんだんにサービスしてくれて、実際に購入した以上の松茸を自宅に送ることになった。旅での出会いに感謝である。

 寝る前も、運転するときも、「これからどうしよう」と考えていた。球団からは、「来年以降も監督を続けてほしい」というオファーが届いていて、それが余計に悩む要因になっていた。

 最終的に、来季も監督を続ける決断したのは京都を巡っているときだった。清水寺でファンの方に、「また頑張ってください」といった声をかけてもらったのだ。京都には知り合いがいたため、ご飯を食べる約束もしていた。そこでも背中を押してもらい、「来年も優勝を目指して戦おう」と覚悟を決めた。

 ファンの声は、やはり大きな力がある。自分ひとりで頑張るのは限界があるが、ファンを喜ばせてあげたいと思えば、また違った力が湧いてくる。

 ちなみに、のちに長女が京都の大学に通うことになったため、奥さんと何度か京都に行っている。もともと知り合いが多い場所でもあり、個人的なパワースポットになっているかもしれない。

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