書籍『獅子回顧録』

一軍で通用しない打者の共通点は? 第一条件「怪我をしない」を乗り越えた強打者と支えたコーチの存在

渡辺久信

【写真は共同】

「ライオンズは強くなければいけない」
チームづくりに奔走
栄光と苦悩と激動の20年

選手、監督、フロントとしてライオンズに長く関わってきた渡辺久信氏がチームづくりを振り返る。
2004年に二軍の投手コーチとしてライオンズに復帰してから、GMを務めた2024年までを中心に振り返った書籍『獅子回顧録』(渡辺久信著)から一部抜粋して公開します。

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二軍で猛練習を重ねた中村剛也と栗山巧

 野手に目を移すと、最初に思い浮かぶのが20年以上にわたり、西武を支え続けている中村剛也と栗山巧だ。おかわりは、高卒2年目の2003年にイースタン・リーグの本塁打王を獲得するなど、飛ばすことに関しては天性の才能を持っていた。一軍も経験していたが、まだ調子の波が激しく、一軍と二軍を行ったり来たりしながら実力を磨いている段階だった。4年目の途中から一軍のスタメンに名を連ね、22本塁打を放っている。

 栗山も高卒2年目にイースタン・リーグでフル出場を果たして、打率.274をマーク。4年目から一軍のレギュラーに定着した。

 2人に共通しているのは、二軍にいるときに大きな怪我をせずに練習をできたことだ。それも、めちゃくちゃにやれたのがこの2人だった。体が強く、どんなに猛練習しても壊れることがない。どれだけ能力が高くても、練習ができなければ戦えないのがプロの世界である。

 2人を徹底的に鍛えたのが、二軍打撃コーチの田辺徳雄だ。田辺は朝が早く、寮で朝ご飯を食べる前に特打の時間を設けていた。私が監督をしていたとき、朝早めに球場に行って、静かな場所でその日のスタメンを決めるのをルーティンにしていた。好きな仕事のひとつで、いつも2〜3通り考えて、ほかのコーチ陣に「どう思います?」と見せていた。

 その私よりも先に球場にいたのが田辺で、朝6時には来ていたはずだ。コーチがそれだけ早ければ、特打の時間も当然早くなる。さきほどの相馬さん同様に、田辺に恩を感じている野手陣は数多くいるはずだ。若手野手を育て上げた意味で、田辺の功績は大きい。2014年の途中から一軍の監督を務めることになるが、性格的にはマンツーマンで寄り添えるコーチのほうが合っているタイプである。

 中村、栗山に代表されるように、のちに一軍の主力になるような野手は、入団1〜3年目に充実した練習ができている。特に高卒に言えることだが、さまざまなことを吸収できる脳が柔らかい時期にどれだけ練習を積み重ねられるか。この時期に怪我で離脱するほど、マイナスなことはない。

 一軍で大成する選手は怪我に強く、すぐに「痛い、痛い」と言わない共通点もある。毎日のように練習をしていれば、体が張ったり、どこかに痛みを感じたりすることは当然ある。

「ちょっと痛みがあります」と練習を休みたがる選手がいるが、特に野手に関しては、そうした選手で活躍した例はほとんどないように思う。良いか悪いかは別にして、私が現役のときにはボルタレン(鎮痛剤)を3錠飲んでマウンドに上がったこともある。ちょっとやそっとでは、「痛い」とは言わない。もちろん、選手生命を脅かすような痛みであれば、話は別であることを補足しておく。

 私が二軍の指導者をしているときには、すでに一軍で活躍していたが、中島もよく練習をしたと聞く。高校時代は主にピッチャーで、本格的にショートに取り組んだのはプロに入ってから。だからこそ、猛練習が必要だった。守備は決してうまくはなかったが、徹底した基礎練習を繰り返すことで、のちにゴールデングラブ賞を獲るまでに成長した。

 毎年、将来有望な若手が入団してくるが、「怪我で離脱中」という情報を聞くと、どうしても心配になってしまう。今は高校野球の練習量が減っているので、そのあたりも関係しているかもしれない。それでも、みっちりと取り組める選手は怪我なくできる。怪我をしない体の強さも、ひとつの大きな才能と言えるはずだ。

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