2025女子ゴルフ総括「黄金時代到来の予感」

“崖っぷち”で原英莉花の何が変わったのか 過酷な米下部ツアーの1年、LPGA昇格を支えたゴルフ以外の充実

金明昱(キム・ミョンウ)

米下部ツアーで年間5位となり来季LPGAに参戦する原英莉花 【Photo by Rich Graessle/Icon Sportswire via Getty Images】

「絶対に昇格しないと、と思っていました。スポンサーさんにも後押ししていただいて挑戦できたし、年齢的にもラストチャンスかなという気持ちで戦っていました」

 アメリカから帰国したばかりの原英莉花は、そう言って笑った。

 米女子ゴルフ下部のエプソンツアー参戦1年目で18試合に出場し、17試合で予選通過、トップ10が9回。8月のワイルドホース レディスゴルフクラシックで通算18アンダーを記録して初優勝し、年間ポイントランク5位に入り、2026年の米ツアーカードを手にした。

「やっとスタートラインに立てるって感じです」

 長く続いた“アメリカ挑戦”の物語は、ここから本当の意味で第2章に入る。

近年飛距離が落ちていたドライバーショットが復活

 原がついに勝利をつかんだワイルドホースレディスゴルフクラシックは、エプソンツアーにおけるターニングポイントだった。最終日は首位争いの混戦から一歩抜け出し、通算18アンダーで2位に3打差をつける快勝。ツアー初優勝であり、レギュラーツアー昇格を大きく引き寄せる一戦となった。

 シーズンを振り返って、原はこんな言葉を残している。

「すごく久しぶりに、ゴルフが楽しいって思いながら1年間プレーできました。去年までは、正直“やらなきゃ”のほうが強かったんですけど、今年は『もっとやりたい』って気持ちでアメリカを転戦できたのが大きかったです」

 結果だけを見れば順風満帆のようだが、その裏側には飛距離を取り戻すためのトレーニングと、チームで積み上げた“海外仕様”の準備があった。

 原の特徴と言えば、恵まれた身体を生かした豪快なドライバーショット。だが、腰のヘルニアで苦しんでいた時期、飛距離は目に見えて落ちていた。

「去年が本当に飛んでなかったんですよ。キャリーが235ヤードくらいまで落ちちゃって」

 そこからトレーニングとクラブ調整を重ねた結果、今年はこう胸を張る。アメリカでのシーズンを終え、帰国した原が国内初戦のスタンレーレディスホンダ推薦出場前の取材でこう語っていた。

「今年は去年より30ヤードくらいは戻っています。腰の状態もあるし、クラブもあるし、トレーニングもかなりハードに入れてきたので、いろんな要素が相まって“自分らしい球”が戻ってきた感覚があります」

 原の米下部ツアー転戦時に現地でサポートしたマネージャーの義山光浩氏は、試合ではキャディも兼務した。側でバッグを担いだからこそわかる彼女の成長ポイントをこう見ている。

 昨年と違う一番の変化は「トレーニングをしっかりこなしていたことが一番大きいと思います」と語る。

 スイングの形などの技術面よりも、体を仕上げることに重きを置いたことで、本来のダイナミックなショットが出るようになった、と原自身も分析している。

食事と住環境の充実に不可欠だったマネージャーの存在

持ち味の豪快なドライバーショットは「戻ってきた感覚がある」という 【Photo by Atsushi Tomura/Getty Images】

 また、「シーズンのターニングポイント」を問うと、義山氏は「特定の1試合ではない」と首を振る。

「転機というより、常に“勝ちたい”という気持ちを持って勝負に挑む姿勢を崩さなかったこと。それがそのまま結果につながったと思います」

 さらに、原の変化をこう言葉にする。

「今年の彼女は“変わった”というより、信念を持って戦い続けた感じですね。エプソンツアーで戦って、結果を残して、次のステージへ上がる。そのステップを自分でイメージしながら1年やり切ったことが、彼女をすごく強くしました」

 原自身も、その実感は強い。

「絶対にここ(エプソンツアー)は通過しないといけない、ってずっと思っていました。スポンサーさんのサポートがあったからこそ挑戦できたし、“ここを突破できなかったら次はないかもしれない”という気持ちもあったので」

 言葉の端々から伝わるのは、“崖っぷち感”と“楽しさ”が同居した1年だったということだ。

 エプソンツアーは試合数も多く、移動距離も長い。そこで義山氏が最も重視したのが、ゴルフ以外の部分――食事と住環境だった。

「食事と住居、この2つは海外生活で一番重要視することです。ここをストレスのない環境に整えることが大切だと思います」

 今季は1年を通して義山氏が“コック役”を務めたという。

「サポート中で重点を置いていたのが食事です。今年1年、ずっと私がコックをしていました。来年もその予定です。これは選手だけでなく、スタッフも含めてみんながしっかり食べて、しっかり休めるようにすることは重要なことです。今年以上にストレスなく栄養面でも不足がないようにしっかりと対応していきたいと思います」

 慣れない土地で食事と住居でストレスのない生活を送れるか否かによっては、パフォーマンスが大きく左右されるのは想像に難くない。

 原も、そのサポートに対する感謝をこう口にしていた。

「車で10時間もかかる運転もマネージャーさんが全部やってくれて、料理も作ってくれて、本当に恵まれていました。たぶんめちゃくちゃ大変だったと思うんですけど、それを見せずにやってくれたおかげで、私は前向きにプレーできた部分が大きいです」

 義山氏は「アメリカ生活は大変だと思われがちですが、僕らのチームは常に楽しんでいました」とも話す。

 だからこそ、長いシーズンの中で大きな“心の波”を作らずに戦えたのだろう。

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著者プロフィール

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はサッカーと女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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