スカウトが振り返る、あの年のドラフト指名

「事前公表」が奏功した髙橋光成と今井達也、大きかった源田壮亮の3位指名 元西武GMが明かすドラフト秘話

永松欣也

【写真は共同】

 毎年多くのドラマを生むプロ野球ドラフト会議。あの年の1位はどのようにして決まったのか? あの選手をどのように評価していたのか? あの選手はなぜ指名しなかったのか? 2014年から2024年まで西武のフロントで要職(シニアディレクター、編成部長、GM)を務めていた渡辺久信氏に、選手指名秘話やドラフト舞台裏などを振り返ってもらった。

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バンコクで決めた髙橋光成の1位指名

渡辺久信氏が髙橋光成(左)の獲得を決めたのは、タイのバンコクで行われたU-18での投球だった 【写真は共同】

 2014年からシニアディレクターとなり、初めてドラフトに関わることになりました。この年は伊原春樹監督でスタートして、成績不振のため6月から休養になって、チームも5年ぶりの5位に終わった年でしたね。

 1位指名した前橋育英の髙橋光成は2年生のときに甲子園で優勝したピッチャーで、3年夏の群馬大会には他の地区のスカウトも含めて観に行きました。いわゆる「クロスチェック」というやつですね。

 まだまだ体は細かったですけど、ボールに力があって変化球もいい。プロで体ができれば、さらに良くなるだろうと思っていましたし、シニアディレクターの一存で決められるものではないですが、個人的には光成を1位で行きたいという思いを持って観に行っていました。

 相手は強豪の健大高崎で、あいにく光成の調子がもう一つ。4回くらいまでは抑えていたんですけど「3回り目になるとちょっと危ないかも……」そんなことを思いながら観ていました。光成が打たれてスカウト達の印象を悪くしたくなかったので、「じゃあ、一通り観られたので上がりましょうか?」と言って、2回り目の途中くらいで撤収しました。

 我々が帰った後、光成は案の定7回に6失点して敗戦。打たれたシーンこそ見られなかったものの、スカウトの印象はあまり良くはないですよね。

 最終的に光成の1位を決めたのは、甲子園後に行われたU-18のピッチングを見てから。タイのバンコクで行われたのですが、そこで1位で行くのか最終的な決断をしようと思って、担当スカウトと一緒に観に行ったんです。そこで投げているボールが素晴らしかった。将来的にチームの柱になる素材だと判断して1位で行くことを決めました。

 この年は岸孝之(現楽天)が13勝、牧田和久と野上亮磨が8勝、5年目の菊池雄星(現マリナーズ)も5勝と先発がやや手薄。すぐに使えることを考えたら、早稲田大の有原航平(日本ハム1位/現ソフトバンク)、亜細亜大に山﨑康晃(DeNA1位)もいました。でも西武の中では、この年の野手も含めたドラフト候補の中で評価が一番高かったのが光成でしたから、そこに迷いはありませんでした。

 有原も何度か見てはいました。思い出すのが駒澤大と早稲田大とのオープン戦です。投げ合った相手が一つ下の今永昇太(2015年DeNA1位/現カブス)。そのときに今永の方が良く見えたんです。有原がダメだったということではないんですけど、今永がそれくらい良かった。そういう印象がありましたし、有原は競合必至でしたしね。もしかしたら光成も重複になるかもと覚悟していましたけど、事前に1位指名を公表したことが功を奏したのか、結果的には単独指名。これはラッキーでしたね。

 この頃の西武はショートが定まっていない時期でもありました。金子侑司や渡辺直人、林﨑遼などが守っていた年でしたから、欲しいのは欲しかった。3位で富士大のショートだった外崎修汰を獲っていますけど、守備に難があったのでショートのつもりでは獲っていません。この年の指名を振り返ってみても、DeNAが3位で指名した日本新薬の倉本寿彦(現くふうハヤテ)くらいで、ショートの絶対数も少ない年でしたね。

 高卒でプロ入りして後に大成したのが智辯学園の岡本和真(巨人1位)と春江工の栗原陵矢(ソフトバンク2位)ですね。西武でももちろん名前は挙がっていましたよ。でもこの年はピッチャー優先という方針でしたから、巡り合わせ的に獲れない、縁がないと早くから諦めていました。

無名高で輝いていた村林一輝、獲りづらかった吉田正尚

西武が指名しなかった村林(左)は楽天で活躍。吉田正尚(右)は守備面で評価しづらく見送った 【写真は共同】

 2015年も4位に終わって2年連続のBクラス。打線は相変わらず好調で、5年目の秋山翔吾(現広島)が216安打のプロ野球新記録。おかわり(中村剛也)がホームランと打点の二冠。そこに浅村栄斗(現楽天)がいてメヒアがいて、高卒2年目の森友哉(現オリックス)が17本塁打。反面、チーム防御率が3.69でリーグ4位と課題が明白でしたから、前年に続いて上位はピッチャーでいくつもりでした。良いと思ったピッチャーは上位でないと獲れないですしね。

 富士大の多和田真三郎は、3年の秋頃から「来年の1位は多和田だな」と個人的に思っていたピッチャーでした。下半身の体重移動が粘っこくて球持ちがいい。なかなかいないタイプのピッチャーで、他球団も1位で狙っていました。単独で獲れたのは幸運でした。前年も高校生の光成を1位で獲っていましたし、この年は高校生よりも即戦力のピッチャーが欲しかったというのもありますね。

 2位の北海学園大の左腕・川越誠司(現中日)は隠し球的な指名。投打両方で可能性を感じた選手。ただ即戦力という評価ではなくある程度時間はかかるという前提での指名でした。1位で狙い通り多和田が獲れたからこそできた指名だったかもしれません。3位が西濃運輸の左腕・野田昇吾。このときは左が欲しかった事情もあって2、3位が大学、社会人の左腕投手になりました。

 左腕では言えば、前年に見て「良いな!」と思っていた今永もいましたけど、左右の違いはあってもやっぱり多和田の方を評価していました。今永は肩の故障もありましたしね。

 この年の甲子園優勝投手、東海大相模の小笠原慎之介(中日1位/現ナショナルズ)も左の良いピッチャーでしたけど、2年のときの方がもっと良いボールを投げていた印象がありました。同じ高校生では県岐商の髙橋純平(ソフトバンク1位)がこの年の目玉でしたね。良いピッチャーでしたけど、肩か肘の故障で県予選でも球数を全然投げられていなかった。そこがちょっと引っかかりました。

 楽天7位の村林一輝は印象に残っています。ある選手を関西まで観に行ったときの対戦相手が大阪の大塚高校。無名の公立高ですが、そこで輝いていたのが村林でした。体のサイズもあってショートの守備が抜群に上手くて肩も強い。観ていたスカウトとも「良い選手だよね」という話をしていたんです。でもその後、担当スカウトはそこまで推してこなかったですし、私も「良い選手」とは思いながらも、どうしても欲しいとまでは思っていませんでした。楽天に入団して、一軍でプレーするようになってから「あのときの村林か!?」って思い出しました。今ではWBCの候補にも名前が挙がっていますから、よく頑張っていますよね。

 この年は青学大に吉田正尚(オリックス1位/現レッドソックス)もいた年ですね。神宮球場で大学日本代表とNPB選抜が試合したときには光成から特大のホームランを打ったのも観ています。光成も高卒1年目でしたけど、一軍で5勝したピッチャーですから、そりゃあ当然評価しますよね。でも守備がもう一つで守るところがない。そこがマイナスポイントでしたね。DHで獲るにしても西武にはメヒアがいて、友哉もDHで出ていましたから獲りづらい。

 西武には根本陸夫さん時代から「良いピッチャーは毎年いる。良いバッターと良いキャッチャーがいるときは獲りにいけ」という教えがあります。それでも吉田は打撃に特化した選手だったので、総合的に見ると「どうしても獲っておかないと!」というところまでは評価していなかったですね。実際1位で指名されるとも思っていませんでした。2位で残っていたら西武も考えたかもしれませんけどね。

 この年もショートが欲しかったですね。でもそこまで上位で獲りたいと思う選手がいなかった。後になって思うのは、このショートが欲しかった2年間に無理して大学・社会人のショートを獲っていたら、翌年の源田壮亮の指名はなかったかもしれないということ。ドラフトには「縁」もあるものなんです。

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著者プロフィール

1976年、大分県速見郡生まれ。多くのスポーツサイトの企画・編集、ディレクターなどを経てフリーランスに。現在は少年野球、高校野球サイトのディレクターを務めながら書籍の企画・編集も行っている。主な書籍は『星野と落合のドラフト戦略』『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』『回想 ドラゴンズでの14年間のすべてを知る男』など。

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