「F1シート喪失」レッドブルが下した非情の決断 それでも角田裕毅は終わらない

柴田久仁夫

夢を見せてくれた5年間

F1デビュー直前、初々しい表情の角田 【©Redbull】

 本来の実力が、見合うべき結果に繋がらない。それが角田の不幸だったのかもしれない。

 1年目から速さを見せ、デビュー戦で9位入賞。荒削りだが、高い潜在能力を窺わせるドライバーだった。最終戦アブダビGPでは、それまで負け続けていたチームメイトのピエール・ガスリーに対し、全セッションで彼をしのぐ結果を出し、決勝レースも自己ベストの4位。表彰台に、あと一歩だった。

 その勢いをかって、2年目からはガスリーに肩を並べる実力を発揮し始めた。しかしマシン自体の戦闘力が、致命的に劣っていた。ガスリーはそれを嫌って、翌年からアルピーヌに移籍。3年目の角田はNo.1ドライバーとして、新人ニック・デフリースやローソン、そしてベテランのダニエル・リカルド相手に、常に優位に立ち続けた。

 4年目の昨シーズン、マシンは依然として非力だったが、オーストラリアやマイアミの7位、サンパウロでの予選3位など、純粋なマシン性能からすればありえないような結果を時に見せてくれた。批判された粗暴な無線交信もすっかり影を潜めた。ほとんどミスを犯さず、不利な状況にも動じない。予選一発もレースペースも速い。

 完成されたドライバーに成長したのが、この年の角田だった。しかしその角田をもってしても、最高位は7位。とんでもない幸運が味方して、ポールポジションや表彰台を射止めることもあるのがレースの世界だ。しかし角田に限れば、運はむしろマイナス方向に働くことが多かった印象だ。

雌伏の1年、その先に

TOYOTA GAZOO Racing(TGR)がハースF1のタイトルパートナーに就任することを発表した豊田章男トヨタ会長(写真右) 【©HaasF1】

 とはいえ、角田はまだ25歳。来季1年の雌伏を経て、2026年にF1現場に復帰する可能性は決して小さくない。その場合、レッドブル育成を離れて、新たな挑戦に立ち向かってほしい。考えられるチームは4つある。まずホンダワークスとして再始動するアストンマーティン。次に親友ガスリーが角田を推すアルピーヌ。そしてキャディラックは、ベテランのバルテリ・ボッタス、セルジオ・ペレスの後釜を狙う。

 最後はハースである。キャリア終盤のルイス・ハミルトンに代わってオリバー・ベアマンがフェラーリに移籍する、あるいはエステバン・オコンが離脱する。2027年のハースは、少なくともひと枠が空く可能性がある。そして小松礼雄代表は、これまでも角田を評価してきた。トヨタがタイトルパートナーになり、ハースのトヨタ色はいっそう強くなった。ホンダドライバーとみなされてきた角田だが、それは大きな障害にはならないと思う。

 角田は今週末の最終戦アブダビGPが、114戦目の出走となる。歴代日本人F1ドライバーの中で最多なのは、いうまでもない。それ以上に、この世界にこれだけ長く留まれるドライバーは決して多くない。来年1年の余白は、角田にとって必ず実り多い時間となることだろう。角田裕毅のF1キャリアは、ほんの一区切りに過ぎなかった。のちにそう振り返れるかどうかは、これからの1年にかかっている。

(了)

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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