“勝ち負けより大事なこと”を教えてくれた──三重ホンダヒートが小学校で巻き起こす奇跡の60分

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 体育館に響いたのは、勝利の雄叫びではなく、ラグビー選手のまっすぐな言葉だった。

「僕らのチームは負けることが多かったし、1位になれないことも多かった。みんなも今日負けることが多かったけど楽しめたよね? それは一生懸命やったから」

 そう語ったのは、三重ホンダヒートの吉岡大貴選手。子どもたちの表情が変わる。大人の言葉ではなく、全力で戦う選手が口にする「負けてもいい」というメッセージ。その瞬間、体育館の空気が少し温かくなったように感じた。

 三重ホンダヒートの『HEAT授業』は、スポーツを通じて子どもたちに挑戦や思いやりを伝える教育プログラムとして、2024年のスポーツPRアワードで最優秀賞を受賞した。今回の取材は、10月下旬に行われた鈴鹿市立稲生小学校での授業。その受賞をきっかけに、芸人・ゆってぃが実際の授業を体験しに訪れたのがこの日だ。笑いと学びが交差する“本気の授業”。勝敗を超えた、チームのもうひとつの戦いがそこにあった。

体育館に生まれた一体感──“勝てなかった”からこそ伝えられる言葉

三重ホンダヒートの『HEAT授業』の様子。この日は、芸人・ゆってぃが実際の授業を体験しに訪れた 【スポーツナビ】

 授業が始まる前、体育館の入り口では、三重ホンダヒートの普及・育成担当であり、『HEAT授業』の中心的な企画・運営を担う上村素之さんが、4人の選手たちと並んで子どもたちを迎えていた。上村さんはこの活動を継続的にリードし、三重県内の小学校から絶大な支持を得る授業へと育て上げたキーマンだ。

 大きな手と小さな手が次々にぶつかり合うたびに、「おはよう!」「楽しもうな!」と笑顔が広がっていく。その瞬間から、体育館の空気はすでに温まっていた。

 授業の冒頭では、上村さんと選手たちが大きな声で自己紹介を始める。

「僕が名前を大きな声で言うから、みんなも全力で呼び返してね! カミさんです!!!!」

 その声に呼応するように、体育館いっぱいに「かーみさーん!!」という元気な声が返ってくる。

元気なあいさつで一瞬にして子どもたちの視線を集めた上村さん(左)。圧倒的な求心力が場の空気を変えていく 【スポーツナビ】

 名前を名乗るたびに、上村さんや選手たちはユーモアたっぷりの反応やポーズを披露し、体育館が一気に明るくなる。特に、上村さんのテンポのよいトークと、選手たちの全力の“ノリ”が相まって、子どもたちの心は瞬く間につかまれていった。

 さらに、同行したゆってぃも負けじと登場。「みんな、聞いたことあるかな? わかちこ、わかちこー!」と持ちネタを披露し、体育館は一瞬で笑いの渦に。最初の5分で、すでに子どもたちの警戒心はすっかり溶けていた。

本気のチーム戦、そして“いじめ撲滅”のメッセージ

プロのラグビー選手が子供たちのチームメートになる『HEAT授業』。小学生にとっては忘れられない時間となるに違いない 【© MIE Honda HEAT】

 体育館では「チームをつくるところ」から授業が始まる。子どもたちは4チームに分かれ、それぞれにラグビー選手が加わる。

 まずは簡単なボールリレー。負けたチームには“大の字ジャンプで「キラキラー!」と叫ぶ”というおまけがつく。罰ゲームというより、みんなで笑うための合図だ。全員が声をそろえて「キラキラー!」とジャンプするたびに、体育館が笑いに包まれる。笑いながらも本気の空気が漂い、やがて子どもたちの表情が変わる。「どうしたら勝てる?」「パスを早くすればいい!」「声を出そう!」――勝つために工夫を考える姿が生まれる。
 上村さんは、ラグビーコーチングで培ったテンポの速い進行で授業を引っ張る。ゲームとゲームの間には“人数ゲーム”を挟んで集中が切れないようにつなぎ、最初の全力挨拶で心理的安全性をつくる――これは授業中ずっと集中を保つための上村さん独自の工夫だ。

 また、年代によって「投げる」「キャッチする」「走る」「止まる」といった発達段階が異なることを理解し、その年代が“誰でもできるゲーム”に調整している。説明は最小限にし、まず“やって見せる”。すぐに子どもたちにやらせ、そこから「どうすれば良いか」を自分たちで考えさせることで、常に夢中の時間をつくる。

 ゲームは組み合わせて難易度を上げ、勝負で盛り上がる仕掛けも意識的に作られている。俊敏性や力強さなど、選手それぞれの特性を活かせる展開にし、順番待ちの時間が生まれないよう人数設定にも気を配っている。

 子ども同士で意見を出し合い、みんなでチャレンジする“チームの空気”をつくること――これも上村さんが特に大切にしているポイントだ。「勝負 → 振り返り → 工夫 → 再戦」を何度も繰り返し、体育館は熱気に包まれた。子どもたちは時間を忘れ、汗をぬぐいながら夢中で声を出す。子どもたちが自然に声を掛け合い、励まし合う姿が生まれた。体育館の空気が一体となり、まるでひとつのチームになったようだった。
 授業の最後には、選手たちによる“いじめ撲滅の寸劇”が始まる。テーマは「違いを認める」「嫌なことは、しない・させない・ゆるさない」。選手がいじめの加害役と被害役を演じ、子どもたちに問いかける――「もしその場にいたら、君はどうする?」真剣な空気の中で、子どもたちの顔が引き締まる。
 ゆってぃは話す。「笑いから真面目な話に切り替わる流れがすごかった。あれこそ“授業”の理想テンポですね。子どもたちの心にちゃんと届いていたと思う」

 この「HEAT授業」は、ホンダの新入社員研修で行われている“チームワーク・主体性を学ぶプログラム”を、学校教育に合わせて再設計したものだ。ラグビー憲章に掲げられた【品位・情熱・結束・規律・尊重】を柱に、3年間で88回・6,800人超の児童が体験。満足度は100%。いまでは三重県内の小学校から「抽選でしか受けられない授業」として引っ張りだこになっている。

HEAT授業とは──スポーツ×教育をつなぐ新しい挑戦

ラグビーボールを使った競技のみならず、反射神経、判断能力などもはぐくまれるメニューとなっている 【スポーツナビ】

 三重ホンダヒートが行う「HEAT授業」は、地元・三重県の小中学校を中心に実施されている体験型授業。テーマは「挑戦」「協力」「思いやり」。スポーツの技術を教えるのではなく、「生き方」を伝えるのが目的だ。

 上村さんはこう語る。

「スポーツをするだけじゃなくて、教育が大事。学校は子どもが社会に出るための場所。だから、スポーツを通じて大切なことを学んでもらいたいと思っています。授業のテンポや空気の作り方も、先生たちに感じてもらえたら嬉しい。スポーツ×教育。教えることは僕らにとってもWin-Winなんです」

 選手が地域に出ていくこの活動は、前述のようにスポーツPRアワード2024で最優秀賞を受賞した。しかし上村さんは、その受賞を手放しで誇るのではなく、静かに本音を語った。

「賞をいただけたのはもちろん嬉しいです。でも、僕らの本当の狙いはチームも地域も、互いに成長できる場所を作りたい――ただその思いだけなんです」

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