渋野日向子の苦戦は「技術面ではなく…」 米ツアーの“壁”を知る上田桃子、次世代に示した一つの選択肢
平均点では勝てないからこそ、ストロングポイントを伸ばすべき
「ストロークだけでなく、芝に対しても神経質でした。そうしたなかで朝、ホテルのジムに行ったら、当時ランキング1位の選手がすでに体を動かしている。ラウンド後も練習場にいて、またジムに戻っていく。そんな姿を見ていると、『私はもっと練習して、もっとトレーニングをしなければ』と感じ、自分のペースを見失いました。英語も『完璧にしたい』と思い、頑張って学びましたが、最後まで(米ツアーを)ホームにできませんでした」
当時のマインドは「ストロングポイントよりもウィークポイントを克服する」で、「その方が『結果につながる』と思っていました」と振り返った。だが、その考えは明確に「違っていた」と言える。
「今、結果を残している選手を見ていると、『リスクはあっても強みで戦うべきだ』と感じます。平均点で勝てるほど甘いツアーではないからです」
上田は日米ツアー共催のミズノクラシック(現・TOTOジャパンクラシック)を2007年に制し、米ツアーの出場権を獲得。翌2008年から海を渡って、2013年までプレーした。だが、翌年のシード権を持たないまま帰国して国内ツアーに参戦。11月開催の大王製紙エリエールレディスで3位に入り、賞金ランキング48位に滑り込み2014年の国内ツアーシード権を手にした。
28歳の同年春から主戦場を国内に戻したが、序盤はどん底状態で予選落ち続き。その状況下、前年の大王製紙エリエールレディスでキャディーをしてくれた辻村明志コーチに「左右に体重を揺するスイングになっているから、体の正面で球をとらえられていない」と指摘された。修正すると、ドライバーの飛距離は一時的に30ヤード落ちたが、「ゼロから立て直す」ことを決めて辻村氏と契約。同年中盤から復調し、2勝を飾った。
2016年シーズンで再びスランプに陥ると、元プロ野球選手、コーチの荒川博氏から指導を受け、「気で打て」と教え込まれた。そして、再々生。ツアーから離れるまでに、さらに6勝を積み上げた。
「戦う場所は逃げない」 日本に戻ってからの再挑戦も選択肢に
「アメリカでの出場権が維持できず、日本に戻る選手は今後も出ると思います。ただ、日本なら結果を出せる保証はないし、危機感を覚えながらのプレーになるでしょう」
一方で「戦う場所は逃げない」と表現し、「本人に強い意志があるのなら、日本で試合を重ねながら、もう一度アメリカにチャレンジすればいいと思います」と言った。
「そのためにも日本は最高の環境です。大勢のギャラリーが見てくださっていますし、ツアーのレベルも上がっています。近年はスランプから復活した選手が何人も出ています。30代に入っても進化はできるわけですから」
上田こそ30代で進化を続け、34歳の2020年には全英女子オープンで6位に入っている。国内外で様々な経験を重ね、休養宣言の翌年となる今年10月に39歳でママになった。その生き様は、後輩たちにとって一つの指針になっている。
企画・編集/Creative2『THE ANSWER』