注目の井上拓真戦は“那須川天心vs.ボクシング”なのか? 天心に魅せられたジュニアボクサーたちの存在が示すもの

船橋真二郎

勝ち負けをどう次につなげるかが大事

プロでは無敗の那須川天心も負けを糧にして今がある 【写真は共同】

 正確にはJCLの前身であるU-15ボクシング大会。当時の『ボクシング・マガジン』誌に記録が残っている。

 全国大会ではなく、東日本予選で中学1年生の那須川天心は敗れた。試合経過は不明だが、名誉のために(?)補足すれば、反則負けではなく、判定負けだから、何らかの減点を取られたのだろう。

「キックではあんまり負けてないんですけど、ボクシングのアマチュアの大会では負けを経験してるので。みなさん、プロになりたい、オリンピック(のメダル)を獲りたいとか、目標があると思うんですけど、そのために今日の勝ち負けをどう次につなげるかが大事です。勝った人、負けた人、結果は気にせずね、これからも『関係ないっしょ、気持ちっしょ』ってことで、気持ちで頑張ってください!」

 JCLの会場で憧れの選手を聞く。子どもたちの反応は正直で、旬の世界チャンピオンの名前が返ってくることが多い。もちろん、現在は圧倒的に井上尚弥に支持が集まる。

 が、日本プロボクシング協会のJCL実行委員長を務める射場哲也・RE:BOOTジム会長の実感として、ボクシングに打ち込んでいる今の子どもたちの那須川人気も少なくないという。

 那須川天心の試合会場で目立つのが子どもの声援である。近年のボクシング会場には見られなかった、より若い世代、特に子どもたちを連れてきたことは、彼の存在が特別であると表すひとつの事象だ。

 そして今、少しずつだが、“天心効果”はジュニアボクサーに波及している。那須川をきっかけにキックではなく、ボクシングを始めた子たちもいる。試合会場に足を運び、天心グッズを買い、声援を送る中にはグローブを握る子たちもいて、着実にボクシングに貢献しているといえるのだ。

 機会を見て、現役・元選手、トレーナー、関係者、何人かに予想を聞いた。中には「拓真が勝って、ボクシングは甘くないぞ、と思い知らせてほしい」という声も確かにあった。井上拓真=ボクシングを応援する思いが垣間見えた。

 が、それはあくまで大人たちの声。子どもたちには対立構図など、関係ない。那須川に魅せられたジュニアボクサーたちを紹介するとともに彼らの声を届けよう。

天心の優しさに触れ、もっと好きに

中学1年生からJCL全国大会4連覇を果たした山下夢さん。来年はアマチュアのリングへ 【写真:船橋真二郎】

 神奈川県大和市のKG大和ジムで練習する高校1年生の山下夢さん。JCL全国大会に初出場した2022年の認定優勝(不戦勝)を含め、今年まで4連覇を達成した。

 3人兄妹の末っ子。元プロキックボクサーだった父、テコンドー、空手を習ったことがある母が、護身のために小学3年生になった一人娘をキックボクシングジムに入れたのが始まりだった。

 本人は当時を「マジで行きたくなくて」と苦笑まじりに振り返る。通い続けるうちに闘争心が芽生えた。最初の頃は男の子相手に負けることも多かったが、それでも気持ちは折れなかった。

 当初の目的以上にのめり込む夢さんを両親は応援し、もっとパンチを練習したほうがいいとボクシングを勧めた。KG大和ジムに通い始めたのは6年生から。片渕剛太会長との出会いが転機になった。

 片渕会長が大切にするジャブを学んで距離感をつかめるようになり、キックでも結果を出せるようになった。獲得したキックのベルトは計29本。だからこそ、ボクシングに魅了された。

 今年は進学した通信制高校の準備が整わなかったが、来年からはアマチュアのリングに上がる予定。オリンピックメダリストからプロの世界チャンピオン。日本の女子選手が誰も通っていない道を目指す。

 憧れは「華があって、カッコいい」とキック時代から那須川だった。小学生のキックの試合会場で何度か那須川と会ったことがあったという。すでにスター選手だったが、話しかけると気さくに応えてくれた。飾らない優しさに触れ、「もっと好きになった」と笑う。ボクシング転向後も「判定でも華のある動きで惹きつけるのが魅力」と思いは変わらない。

 拓真戦は「どっちが負けてもビックリ……」と頭を抱えるが、「天心選手ならやってくれる」、そんな期待感があるという。最後は「大一番で決め切る力」が勝負を分けると予想した。

格闘技“3刀流”で目指すは天心の道

ボクシングを始めてから、わずか5カ月でJCL全国大会初優勝を果たした星野大空くん(2024年9月29日) 【写真:船橋真二郎】

 小学3年生になった昨年4月から神奈川県厚木市のT&Tジムでボクシングを始め、その5カ月後にはJCL全国大会で初優勝した星野大空(ほしの・つばさ)くん。今年も見事に連覇を果たした。キックボクシング、レスリングとの“3刀流”を地で行く。

 1年生の夏休みにキックからスタート。きっかけは同年の6月、注目を集めた那須川と武尊の「THE MATCH」だった。勝利を飾った那須川を動画で見て、「カッコいい」と憧れた。

 最初は心配だったとお父さん。「やるからには中途半端じゃダメだよ」と諭したが、「こんなに頑張るとは」と驚くほどの熱の入れように腰を据えて応援に回った。

 レスリングは一昨年から体幹を鍛えるため、ボクシングはパンチを強化するため、とキックのジムの会長から助言を受けた。週7日、練習に試合に励む毎日だが、「全部、楽しい」と目を輝かせる。

 まずは「キックでプロになって、活躍して、親孝行したい」と送り迎えをしてくれる家族への感謝も忘れない。

 キックでは山下夢さんと同じジムで練習し、一緒に大会に出たこともあった。すでに15本のベルトを獲得。目指すのはキックからボクシングへ、那須川と同じ道。が、将来は「井上尚弥選手みたいになりたい」。素直に「最強」に憧れ、ボクシングでは「天心はまだまだこれから」と厳しい。

 拓真戦は「判定で天心」と大空くん。KOではないのは「天心の戦うところをずっと見ていたいから」。それぐらい好きという那須川に「負けないで勝ち続けてほしい」とエールを送った。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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