注目の井上拓真戦は“那須川天心vs.ボクシング”なのか? 天心に魅せられたジュニアボクサーたちの存在が示すもの

船橋真二郎

井上拓真との注目の一戦に向けた公開練習を前にポーズを決める那須川天心(2025年11月12日) 【写真:船橋真二郎】

 ボクシングが負けてほしくないから――。

 ある日、試合会場の後楽園ホールで、あるジムの顔見知りの4回戦ボクサーから声をかけられた。

「拓真と天心、ほんとにやるんですね」

 ちょうど試合の発表直後だったか。この11月24日、トヨタアリーナ東京で開催される注目のWBC世界バンタム級王座決定戦、同級1位の那須川天心(帝拳)と元WBA王者で同級2位の井上拓真(大橋)の一戦について話を振られ、まだ二十代前半の若者の彼に「どうなると思う?」と逆に尋ねてみた。

「僕は拓真に勝ってほしい」。勝つ、と断言するでもなく、そう答えた彼に「なぜ?」と問うと、返ってきたのが冒頭の言葉だった。

「そういう見方をするのか」。驚かされるとともに「なるほど」と少し分かったような気がした。

「ボクシングと戦う」とは?

 “神童”と呼ばれたキックボクシングのスター選手からボクシングに転向して約2年半。期待を一身に集める一方で、いわゆるアンチの存在も取りざたされてきた。

 これもスターの宿命、出る杭は打たれるか、と解釈してきたが、多くが昔からのコアなボクシングファンで、自らを「異物」と称する那須川を受け入れない層が一定数いるらしいと事情通に聞かされ、理解が追いつかなかった。

 例えば、那須川は日本ランカー相手のデビュー戦を「ボクシングからの果たし状」と表現し、拓真戦の発表記者会見では井上尚弥・拓真兄弟を「今のボクシングそのもの」として、その上で「ボクシングと戦う」、そう宣言してきた。

 今回の公開練習前の会見では「ボクシングといえば井上兄弟、そうすぐに出てくるのが今の世間一般の人たち。そういった“概念的なもの”を壊したい」とも語った。

 独特の言い回しをそのまま捉えるなら、那須川天心vs.ボクシングという構図になり、だから、ボクシングが負けてほしくない、となっているのか。試合が近づくにつれて、さらに対立構図が一人歩きしているように感じるが、果たしてそうなのだろうか?

 この人の発する、どこまでも意欲的で、ポジティブな空気と接すれば、「果たし状」はボクサーとしての自分が試されるという覚悟を表すもので、「戦う」とはボクシングと真摯に向き合う決意としか聞こえないのだが。

 自分のような今までにない存在が、現在のボクシング界を代表する一角(井上拓真)を“壊す”=勝つ、固定概念を覆すことで、ボクシングに新たな盛り上がりが生まれる。それが那須川の言う「革命」のひとつだろう。

「ボクシングを面白くするためには、ここでは絶対に負けられない。僕が勝ったほうが面白くなるというのは実感してますし、盛り上げる自負はあります」

自分がボクシングに挑戦する姿を見て……

MLBドジャース・山本由伸投手と同じBCトレーニングも取り入れた試合前恒例のリングチェックにファンも注目する(2025年2月24日) 【写真:船橋真二郎】

 左眉にくっきりと刻まれた傷跡は、ボクサー転向時にはなかったもの。自信を持って突きつめてきた動き、思い描いていた勝ち方とはならず、「なかなかうまくいかない」と嘆息をもらしたのは今年6月、世界ランカーとの“前哨戦”だった。

 キックボクシング42戦全勝。無敵のヒーロー的な存在だった世界に安住していれば、恐らくは経験しなかったことかもしれない。

 それでも、その試合後には「この2年やって、こんなに好きになるか、というくらいボクシングの奥深さにすごく今、とりつかれている」と吐露し、一夜明け、左目の上に大きな絆創膏をして現れた会見で「那須川天心にとって、プロボクシングは特別か」と問われると「特別ですね」とうなずき、思いのたけを語った。

「僕はまだ完成されたファイターじゃない。1個1個、成長していく姿、その過程を全部さらけ出して、みなさんに見せられるのが、僕の中では『ともに生きていく』って感じがすごくあるな、というのは思いましたね」

 自分が挑戦する姿(ボクシングと戦う姿)を見て、俺も頑張ろう、何かに挑戦してみよう、そう思ってくれたら嬉しい、一緒に戦いましょう――。

 折りに触れて、そんなメッセージを発してきたが、ボクシングの次代を担うジュニアボクサーたちに向けても、自身の知られざる“秘話”を明かした上で、真摯にメッセージを送ったことがあった。

反則しちゃって、負けました

 昨年9月29日、18歳以下のジュニア・チャンピオンズリーグ(JCL)全国大会が開催された会場のドーム立川立飛にトップボクサーたちのビデオメッセージが流れた。

 中谷潤人(M.T)、堤聖也(角海老宝石)など、何人かが送り手となり、そのひとりが那須川だった。

 例えば、メディアとの応答も「戦い」と捉え、その先にいる聞き手を意識し、全力で答えるのが那須川なのだが、この子どもたちに向けたメッセージも決して通り一遍では終わらせなかった(他のボクサーのメッセージも心のこもったものだった)。

「ごきげんよう!那須川天心です!あんまり、これ言われてないんですけど……」

 気さくな感じで語りかけ、こう続けた。

「僕、実はなんですけど、ボクシングのアマチュアの大会に出たことがあって。結果は(左のパンチを打つしぐさをしながら)ダウンは取ったんですけど、反則しちゃって、負けました(笑)」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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