動く秋──プロ野球ストーブリーグ最前線

「勝負はグラウンドだけじゃない」プロ野球・銭闘の歴史10選 契約更改での「名言」をプレイバック!

赤星元信

2006年、二度目の交渉でも契約更改を保留し、席を立つ福留孝介 【写真は共同】

 下世話ながら、他人の財布の中身は気になるものだ。「プロ野球はやればやっただけ年俸が上がる実力の世界」「グラウンドには銭が落ちている」と言われるものの、現実はそううまく事は運ばない。下交渉がなかった一昔前は、契約更改後の記者会見で、名言や珍言が飛び出してファンの耳目を集めた。

 契約更改は、ある部屋で「球団代表、査定係、経理担当」らと「該当選手」の交渉が行われる。交渉を終えて会見を行う記者室に現れるや、満面の笑みをたたえる者がいれば、不平不満をブチまける者もいる。

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トレンディエースの捨て台詞「やってられるか!」 西崎幸広(日本ハム)

1987年は200パーセントアップで契約更改し、笑顔を見せる西崎幸広だったが… 【写真は共同】

 1991年西崎幸広投手(日本ハム)は、当時流行りだったセカンドバックを記者室の椅子の横に叩きつけた。

「やってられるか。5年連続2ケタ勝利で、(6000万円から)1200万下がった。今年は一歩も引かない!」

 10勝6敗、防御率3.16という成績だが、投球回は192回から116回に激減。「5年連続2ケタ勝利の功績でアップ」と見るか、「それまでの15勝前後をベースにダウン」と見るか、双方の見解は乖離していた(結局は推定7200万円に)。それにしても、勝利のマウンドで笑顔を振りまくさわやかな姿と、怒りをあらわにしたときのギャップに周囲は驚いた。

曲がったことが大嫌い「もう一生リリーフやらない!」 武田一浩(日本ハム)

1996年、移籍したダイエーでも契約更改を保留した武田一浩 【写真は共同】

 同じ1991年、同じ日。1歳下の武田一浩投手(日本ハム)。江夏豊が1981年に守護神として日本ハムをリーグ制覇に導いたが、クローザーはまだまだ評価が低かった。

 90年10勝13セーブだったが、「来年もやったら上げてやる」と球団代表に言われ、91年は4勝18セーブで最優秀救援のタイトルを獲得。5000万円が当時一流の証だったが、提示は3100万円→4200万円。

「話になりません。出直してきます」

「ちょっと待て、4700万にするから」

 保留したらたった2分で500万円上がった。ならば本来、4700万円スタートではないのか。

「もう一生リリーフやらない! タイトルを獲っても(評価が)変わらない。曲がったことが大嫌いだから」

 交渉とはいえ、「正当な評価」ではなく、「駆け引き」を嫌う選手もいるのだ。

「もういたくないよ中日に。どこか(他球団に)行くぞ!」 谷沢健一(中日)

 35歳の1982年、8年ぶりリーグ優勝を果たした谷沢健一内野手(中日)。四番打者として、打率.280、21本塁打ながら、キャリアハイの85打点。西武との日本シリーズでは2勝4敗で敗退するが、22打数8安打6打点を記録した。

 ここまで首位打者二度の安打製造機。しかし満足な額を提示されず、「(球団が)何を考えているか、わからねぇんだよ。もういたくないよ中日に。どこか(他球団に)行くぞ、本当に!」。結局、推定年俸は38%アップの2400万円から推定3300万円に。ここから安打を積み重ね、3年後の85年にみごと通算2000安打を達成した。

「調停は気持ちよくないが、第三者の見た年俸はいくらだ?」 高木豊(横浜)

 1992年、高木豊(横浜)は3年連続の打率3割をマークし、推定年俸9330万円から球団初の1億円プレーヤーを狙った。だが、球団提示は200万円ダウン。打率は.333→.300、打点は62→39と数字自体は下がっていた。

「悪くても現状維持。10パーセントアップは当然。調停はいい気持ちがしないが、第三者から見た自分の年俸はいくらなのかと考えた」

 年俸調停は中間の数字は取らない。そうすると、選手は少しでも額を上げようとして、みんな調停を申請してしまうからだ。どちらかに寄せるのが通常だ。調停委員は「年俸9840万円が妥当」という高木寄りの裁定を下した。

 翌93年、高木は打率を.268に下げたものの、3年連続全試合出場を果たした。しかし、94年横浜にFA移籍した駒田徳広(巨人)への資金調達なのか、まさかの戦力外通告で日本ハムに移籍することになった。のちに高木自身は「年俸調停を行った(もめた)ことが解雇の要因になったのではないか」と自己分析している。

「サンタはおるんやねぇ。いい子にしておいてよかったよ」 下柳剛(日本ハム)

 ダイエーから日本ハムに移籍した下柳剛を全国区にしたのは1997年、当時4年連続首位打者のイチロー(オリックス)の連続無三振を216で止めてからだ。リリーフだけで「規定投球回数」に到達し、147回を投げ136奪三振。のちの技巧派は、この29歳時点では本格派だった。

 65試合登板、チームトップの9勝(4敗)、防御率3.49。初回、二度目の更改では合意せず、12月24日の契約更改で年俸5600万円から倍増。一流の証1億円を勝ち取った(推定1億500万円)。

「サンタさんはおるんやねえ。いい子にしておいてよかったよ」

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