フェルスタッペンの71周 ピットスタートからもぎ取った3位表彰台

柴田久仁夫

首位を捨てた決断

終盤63周目。1コーナーのフルブレーキングで、フェルスタッペンはアウト側からラッセルを豪快に抜き去っていった 【©Redbull】

 2番手ノリスとの差は、7秒5。しかしこの時点でのノリス以下3人とのペース差は、コンマ3〜9秒ほどフェルスタッペンの方が遅かった。残りは20周。すでに20周近く走ったミディアムタイヤの性能劣化を考えれば、少なくともノリスの猛攻を防ぐことはできそうにない。ではメルセデスの2台はどうか。

 しかし51周目に14秒5あった3番手アントネッリとの差が、わずか3周後の54周目には8秒6まで急速に縮まったことで、陣営は3回目のピットインを決断した。これで再び、4番手に後退。しかしソフトのニュータイヤを履いたフェルスタッペンは、上位3台より1秒前後も速いペースで追い上げを開始した。

 5秒6離されていた3番手ラッセルの1秒以内まで迫ったのは、3回目のピットインからわずか8周後だった。そして2周後の63周目、メインストレートでフェルスタッペンがコンマ2秒まで迫る。1コーナーのフルブレーキングでインを守るラッセル。フェルスタッペンは豪快にアウト側から被せ、抜き去っていった。

 これで3位。アントネッリとの差は、2秒4。ペースはまだ、フェルスタッペンの方がコンマ数秒速い。67周目には、その差はコンマ7秒まで縮まった。しかしそこからの5周でオーバーテイクはかなわず、0.322秒差で3位チェッカーを受けた。

「マックスは常にそこにいる」

初タイトルを狙うノリスにとって、フェルスタッペンこそが最も不気味な存在であろう 【©Redbull】

「ジョージに近づく頃にはタイヤはすでに摩耗し始めていた。そしてキミとのバトルでは、完全にオーバーヒート状態だった」と、レース後にフェルスタッペンは語っていた。もしソフトタイヤに交換せずミディアムで走り続けていたら、アントネッリの前、2位フィニッシュを果たしていたか。

 その可能性はあった。だがフェルスタッペンとレッドブルはあえてその可能性を手放し、”攻め”の3ストップ戦略を選択した。

 今回の勝者ノリスは、堂々のポール・トゥ・ウィンで選手権3位フェルスタッペンとの差を49ポイントまで広げた。残りは3戦。普通に考えれば挽回不可能のリードである。タイトル争いはすでに決したように見える。

 しかし予選まであれだけ苦しんでいたフェルスタッペンが、気づけば決勝レースではピットスタートから3位フィニッシュを果たした。しかも自分からわずか10秒後方まで近づいて。

「マックスは常にそこにいて、常に戦っている。最後まで脅威になるだろうね」

 レース後のノリスのコメントは、この先の物語の始まりを予感させていた。

(了)

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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