フェルスタッペンの71周 ピットスタートからもぎ取った3位表彰台

柴田久仁夫

最終ラップまで激闘を繰り広げたアントネッリにシャンペンシャワーを浴びせるフェルスタッペン 【©Redbull】

人生初のQ1落ち

 F1サンパウロGP決勝レース。マックス・フェルスタッペンは、ピットレーンスタートを選択した。

 前日までのフェルスタッペンは、絶不調にあえいでいた。スプリント予選は6番手。レースは、これまで23戦13勝と圧倒的な強さを誇っていたにもかかわらず、4位入賞が精一杯だった。

 その数時間後に行われた本番予選はさらにひどく、16番手に終わった。フェルスタッペンはF1デビュー以来の11シーズンで、6回のQ1落ちを経験している。しかしそのいずれもパワーユニット交換によるグリッド降格ペナルティを見据えてのもの。それに対し今回は、実力でのQ1敗退。人生初の屈辱だった。

「グリップが全然ない! ゼロだ。素晴らしいね」

 アタック直後の皮肉じみた無線が、事態の深刻さをいっそう際立たせた。予選までに車体セッティングを大きく変更していたが、その症状は改善されるどころか、逆に悪化していた。そこでレッドブル陣営は決勝レースを前に、パワーユニットの全交換とともに、車高や足回りに施したセッティングを再度見直した。

 しかしこの大幅変更で、劇的にパフォーマンスが上がるという確証はない。「失うものは何もない、という思いからだった」と、フェルスタッペンはレース後に振り返っている。

「失うものは、何もない」

スプリントで4位に終わり、フェルスタッペンはがっくりと肩を落とした 【©Redbull】

 ピットレーンからでは、スタートダッシュで順位を上げることはフェルスタッペンでも不可能だ。しかし前を行くルイス・ハミルトン、角田裕毅が緊急ピットイン、さらにシャルル・ルクレールが多重接触事故でリタイアを喫したことで、6周目には16番手まで上がった。

 ところがフェルスタッペン自身も、7周目にピットに向かった。「コース上に散乱した破片を踏んでパンクしたから」とレース後に説明していたが、実際にはペースの上がらないハードタイヤでは、追い上げは不可能と、早めに捨てる判断をしたのかもしれない。

 これで最下位18番手に後退。しかしミディアムタイヤに履き替えたフェルスタッペンは、猛然と追い上げを開始した。

 9周目にランス・ストロール、13周目にハミルトンとフランコ・コラピント、17周目にフェルナンド・アロンソ、ニコ・ヒュルケンベルグ。それらのオーバーテイクはいずれも、長いストレートで背後にピタリとつき、コーナー進入のブレーキングでアウト側から被せて、あるいはイン側を刺して抜き去っていくものだった。

 乱流の影響を極力受けないために無闇に近寄らず、いくと決めたら一発で仕留める。それが王者のオーバーテイクだ。21周目にアレックス・アルボンを抜き去って、フェルスタッペンはついに5番手まで上がった。

ついに首位に立つ

タイヤへの負荷を極力抑えるオーバーテイクが、フェルスタッペンの真骨頂だ 【©Redbull】

ランビアーゼ:次は(ジョージ)ラッセルだ。

フェルスタッペン:何秒ある?

ランビアーゼ:8秒9前方だ。最後のラップは(1分)15秒2だった。

 見違えるように安定したペースで周回を刻むフェルスタッペンを、担当エンジニアのジャンピエロ・ランビアーゼが鼓舞する。フェルスタッペンからは、マシン挙動やタイヤの劣化についても不満めいたコメントはない。上位勢が1分15秒台で走る中、1分14秒台のハイペースを維持しているのは、首位を独走するランド・ノリスとフェルスタッペンだけだった。

 しかし8秒9あったラッセルとのギャップを5秒9まで縮めた28周目以降、フェルスタッペンのペースが鈍り始めた。20周以上走ったミディアムタイヤは、フェルスタッペン一流の極力滑らせない走りでも、さすがに限界に近づいていた。

 34周目、2度目のピットインでもう1セット残っていたミディアムのニュータイヤに交換。入賞圏外の11番手まで後退したものの、1分13秒台後半のハイペースでリアム・ローソン、ピエール・ガスリーらを抜いて行き、42周目には4番手まで順位を戻した。

 上にいるのはノリス(マクラーレン)、アントネッリ(メルセデス)、ラッセル(同)の3人。ペースは1分14秒台前半で、フェルスタッペンの方がコンマ5〜9秒速い。そして彼らが次々に2回目のピットに向かったことで、フェルスタッペンは51周目に、ついに首位に立った。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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