“ムエタイの井上尚弥”が40連勝懸け日本凱旋 本場で鍛錬積んだ天才の原点は
「辞めさせてください」
鋭い眼光に射貫かれる怖さに耐え、必死に言葉を絞り出した。
2016年夏。15歳の吉成名高は、母親と一緒にエイワスポーツジムの会長室にいた。
部屋には空調がきいている。透けるように白い額が紅潮し、汗がにじんでいたとしても、それは暑さゆえではなかっただろう。
慕っていたジムの会長、中川夏生さんが変わってしまった。
少年からすれば、そうとしか思えなかった。父親のように優しく接してくれたこの人から、プロ入りを境に距離を置かれたように感じた。
僕は嫌われてしまったんだーー。
プロ入り直後の3試合で、早くも2敗を喫していた。もう1試合も完全なスタミナ切れで、かろうじて判定で競り勝った。リングの上で生きていく自信に、ヒビが入ったタイミングだった。
加えて、中川会長にも嫌われてしまった。
もしかしたら、こちらのほうが堪えたかもしれない。いずれにしても、少年は絶望していた。
あまりに一方的な展開。憤る対戦相手
吉成名高、24歳。その強さは圧倒的だ。
2023年には、世界ムエタイ機構が選定したパウンド・フォー・パウンドランキング(※)で1位になった。ゆえに「ムエタイ界の井上尚弥」と呼ばれることもある。
直近の試合である8月末の『ONE Friday Fights 122』でも、モロッコ人選手のハマダ・アズマニに完勝。相手負傷によるTKO勝利という消化不良ぎみの結末にはなったが、内容は完璧なものだった。
1Rの冒頭2分で、アズマニの変則的な動きを一通り確認すると、一気に攻めに出る。鋭い踏み込みからの左ストレート。速くて重い左ハイキック。素早いステップバックで相手に一切の反撃も許さない。
パンチでダウンを奪われ、ミドルキックに身体が浮き上がる。あげく、首相撲でもリングに激しくたたきつけられる。あまりにも一方的な展開に、アズマニは思わず両こぶしでマットをたたいて憤った。
U-NEXTのライブ配信の実況、解説も驚いた様子で語る。
「アズマニはどうしていいかわからないんでしょうね」「選手が試合中にこんなに悔しがっているのは観たことがないですよ」
連勝記録は「39」に達した。
※…もし全選手が同じ体重・体格だった場合、誰が最も強いのかを想定したランキング
負けばかりの空手時代。人生を変える出会い
3歳で空手を始めた。
楽しかったが、型の練習が苦手だった。引き手の動きを注意され、直そうとすると肝心の「突き」の動きがおろそかになる。
組手のほうが好きだったが、小学1年生で初めて出た大会では、開始早々にハイキックを食らって一本負けした。
「あまりにもあっという間に負けて、悔しいとさえ思えなかったのを、今もよく覚えています」
型の練習がなく、思う存分パンチ、キックの実践やスパーリングができた。
「こっちがいい」。名高少年は両親にそう伝えた。
キックボクシングでは、初めての試合から3連勝した。
「初めて試合に勝つ喜びを知りました。それまで全く持てなかった自信もついた」
もちろんレベルが上がれば、勝ったり負けたりを繰り返すことになる。だが、空手の時と違って「負けたくない」と強く感じた。小学5年生になったころ、本格的なジムに通うことを決めた。
父の会社の同僚に紹介され、訪れたのは「エイワスポーツジム」。今も師匠である中川夏生会長との出会いだった。
この子をスターに…初めての海外遠征
「本当にしっかりしたいい子だと思いました。もちろん、直すべきところもあるとも感じましたけど」
中川会長は当時をそう振り返る。自らもプロのキックボクサーとして活躍。後進を育てるべく、ジムを立ち上げたばかりだった。
さっそく、才能のある子がやってきた。いずれ輝く原石。この子が格闘技だけで食べられるようにならなかったら、いったい誰が食べていけるというのか。そう思い込んだ。
「タイミングなんですよね。僕がまだ若くて、ものすごく野心も強かった。自分が世界チャンピオンを育てるんだと、ものすごく意気込んでいました」
知識と経験、すべてを注ぎ込んで、色白の少年を鍛えた。少年もそれに応えてくれた。わずか1年で、小学生ながらアマチュアのベルトを勝ち取ってみせた。
そう考え、リング外での振る舞いなども指導するようになった。
「スーパースターになったら、必ず密着取材のオファーなども来る。日常生活でもマナーがしっかりしていないと、みんなに憧れてもらえるようなアスリートにはなれない。そんなことも、早くから話をしていました」
極めつけは、武者修行の敢行だ。まだ小学6年生の吉成を連れ、中川会長はタイへと飛んだ。ジムとしても初めての海外遠征だった。
現地の関係者とケンカする恩師の背中に…
「正直、めちゃくちゃ怖かったです」
吉成は苦笑いして、当時を振り返る。
タイで試合をするぞ。そう告げられ、最初は及び腰になった。両親に「やってみれば」と背中を押され、ようやく挑戦してみる気になった。
アマチュアのキックボクシングの試合では、安全のためにヘッドギアをかぶり、スネ当ても装着する。ムエタイではそれらをつけないという。それだけでも、恐ろしくて仕方がなかった。
きっと会長にはタイに協力者がいて、案内も通訳もしてくれる。そう思っていたが、現地に着いて驚いた。会長がムエタイのジムに飛び込んでは、試合を申し込んでいる。特につても、あてもない遠征だったのだ。
いったいどうなってしまうのか。現地のムエタイ関係者とケンカまで始める会長の背中をみて、頭を抱えたくなった。
この子のために、のはずが…強く揺さぶられた心
「怖かったでしょうね」
中川会長は笑う。
「父がいつもスウェーデン人と仕事をしていた関係で、僕は家によく外国人が遊びに来る環境で育ちました。だからかもしれませんが、外国が怖いという感覚がまったくなくて」
自分に子どもができたら、早いうちに海外を経験させたい。そうも思っていた。無理をさせたかもしれないが、必ずこの子のプラスになる。少年のいかにも心細そうな姿を見ながらも、確信を持ってタイの街を歩き続けた。
吉成の「タイデビュー戦」が決まった。お寺の建物の中で行われる、いわゆる草ムエタイの試合だった。
だが、その少年の姿が、中川会長にはとても尊いものにみえた。相手の環境、相手のルールの中に飛び込んで、懸命に順応し、戦っている。
この子のために、と思っての遠征だった。そのはずが、自分も心を強く揺さぶられた。何かが変わった気がした。