佐藤駿を変えた宇野昌磨の助言 「『練習』ではなく『確認』」コーチも驚く成熟

沢田聡子

日下コーチ(左)と決めた練習内容が、佐藤の好調につながっている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

シーズンオフの怪我を気づきにつなげる

 今季のグランプリ(GP)シリーズ第4戦・NHK杯(11月7~8日)が開催された東和薬品ラクタブドーム(大阪)は、佐藤駿にとって辛い記憶が残る会場だった。

 昨季のGPファイナルで銅メダリストとなった佐藤は、約2週間後、東和薬品ラクタブドームで行われた全日本選手権に優勝を目指して臨んだ。しかし、意気込みとは裏腹に実力とは程遠い演技内容になり、結果は7位。ミスが相次いだフリー後には、過呼吸にもなった。

 今大会、最初に会場に入った時には「(昨年の全日本選手権を)ちょっと思い出したりもした」という佐藤だが、すぐに気持ちを切り替えた。

「今回はNHK杯で全日本とは全然違った雰囲気なので、そこはもうあまり気にせずに、演技だけに集中していこうと思いました」

 その言葉通り、今大会でショート・フリーともに完成度の高い演技を披露した佐藤は、合計点285.71で銀メダルを獲得した。特に4回転ルッツを成功させたフリーでは自己ベストとなる189.04を出し、フリーだけの順位では優勝した鍵山優真を上回る1位。GPファイナル(名古屋、12月4日~)進出も決め、ミラノ五輪出場に近づく大会となった。

 佐藤を教える日下匡力コーチは、フリー後のミックスゾーンで、全日本選手権の悪いイメージを払拭するために佐藤に何か声をかけたのかと尋ねられ「この子(佐藤)の良い特徴で、切り替えがものすごく早いんですね」と答えた。

「今回のことに関しては、僕は何も触れていません。彼のメンタルの強さですね」

 昨季の全日本選手権では不本意な演技だった佐藤だが、GPファイナルでの成績なども評価され、ミラノ・コルティナ五輪の出場枠がかかる世界選手権(3月)の代表に選ばれた。世界選手権前には、宇野昌磨さんが佐藤の練習を見に来る機会があった。「宇野昌磨さんにいろいろアドバイスいただいたものを元に、駿のやり方も踏まえて合体させ、話し合って練習しました」と日下コーチは振り返る。佐藤本人も「練習でも変な失敗というか、自分の中で納得のいかないような失敗が減ったなという感じ。前よりもすごく実のある練習ができている」と語っている。

 日下コーチによれば、世界選手権前の佐藤の練習量は「今まで見たことない」レベルだったという。見かねた日下コーチが、練習を止めたほどだった。

「自分も止めたのは初めてだなと思ったぐらい、ものすごい練習をして、そこから自信がついてきましたね」

 初出場の世界選手権で6位と健闘し、五輪の枠取りにも貢献した佐藤は、シーズンオフに入ってからも調子を上げていく。しかし6月末のアイスショーで、右足首の骨挫傷を負ってしまった。五輪シーズンが始まるタイミングでの怪我は、もちろんマイナスの材料である。しかし怪我を悪化させないためにジャンプの本数を制限するようになったことで、練習の質は上がったという。日下コーチは「怪我の功名」という言葉を口にした。

「もちろん痛くないのがベストだと思うんですけど、やっぱりその中で気づいた部分は多かったと思います。具体的に言ったら、緊張感を持った練習でもそうですし、(プログラムを)部分的に分けていく練習もそうですし。確認作業というんですか、もちろん本当に毎日練習するんですが、その練習の仕方・工夫というのが、成長につながってきたんじゃないかなと思います」

 また「ジャンプを入れないでプログラムを練習する時間をたくさん作りました」と日下コーチは明かした。リンクを夜中に貸し切って、振付師であるギヨーム・シゼロン氏のレッスンを受けたという。佐藤の演技構成点が、GP自身初戦の中国杯(ショート40.85、フリー83.25)から今大会(ショート43.00、フリー86.58)にかけて上昇曲線を描いているのは、地道に表現面を磨いてきた効果だと日下コーチは説明する。

「足の心配もあるため、ジャンプばかりではなく、プログラム重視でたくさん練習する時間を作ったので、こういう点数が出てきたのかなと思います」

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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