「神様のような人」宮里藍が次世代に残したもの 20歳で米挑戦、世界1位も失敗も経て胸に刻んだ教訓
その礎を築いた1人が、2003年に史上初の「高校生プロゴルファー」となって一躍時の人となり、米女子ツアーでも通算9勝を挙げた宮里藍だ。その輝かしいキャリアは、40歳になった今も現役の選手たちはもちろん、ジュニア年代や保護者に好影響を与えている。本人の言葉と行動、周囲の証言をもとに、近年の日本女子ゴルフ界の隆盛につながる、その一端を紹介する。
海外挑戦の流れを歓迎「絶対に経験した方がいい」
「すごいですよね。みんな、どうやってんのかなと思います」
自身はアマ時代を含めて国内で優勝を重ね、「藍ちゃんフィーバー」を起こした後に20歳で海を渡った。だが、最高峰である米女子ツアーの壁は厚く、初優勝は4年目だった。その間には、飛距離を求めて大幅にスイングを改造したことでドライバーイップスに陥ってもいる。
一方で、岩井ツインズの妹・千怜は「日本でやってきたことを出していけば、通用すると思います。スイングもクラブも替えません」と宣言し、結果を残した。姉の明愛、山下、竹田も同様で「変えず」にプレーし続けた。それも踏まえ、宮里は言った。
「行く前からその感覚があったのは素晴らしいと思います。飛距離が伸びていることも要因だと思いますが、それだけでは勝てないので、芝の種類やコースへの対応力がすごいんだと思います」
日本でやってきたことを変えずにプレーし、世界でも通用する――。それは、国内女子ツアーのレベルアップを意味している。
現在、米女子ツアーを主戦場とする日本人選手は13人。宮里の時代は、宮里美香、上田桃子、横峯さくら、上原彩子らで「少なかった分、応援し合っていた」というが、かつての自分がそうだったように、選手たちが海外挑戦をする流れは「いいこと」と受け止めている。
「世界の選手に刺激をもらうことは、『絶対に経験した方がいい』と感じています。なので、私もそうでしたが、個人として『アメリカでやりたい』というモチベーションがあることは、とてもいいことだと思っています」