回想 栄光も屈辱も経験 ドラゴンズでの14年間のすべてを知る男

球団初のリーグ連覇を果たした落合ドラゴンズ“最後の1年” 選手たちの奮起と森繁和ヘッドコーチの後悔

森繁和

【写真は共同】

<落合博満氏推薦>
森繁和は、すべてを任せられる参謀である。
私の中日ドラゴンズでの8年間、
勝負の本質は彼なくしては語れない。

「そろそろ当時のこと、話そうか?」
栄光も屈辱も経験 ドラゴンズでの14年間
すべてを知る男

14年間で四度のリーグ優勝と53年ぶりの日本一
それでも願わくば、もう一度強い中日を見せたかった

『回想 栄光も屈辱も経験 ドラゴンズでの14年間のすべてを知る男』(森繁和著)から一部抜粋して公開します。

落合監督の退任発表

 9月22日、ナゴヤドームに首位ヤクルトを迎え、この年のペナントレースの行方を占う大事な首位攻防四連戦が始まろうとしていた。だがその初戦を前に、落合さんの監督退任が球団から発表された。落合さんは「契約ごとだから」「翌シーズンのことを考えなくていいから楽になった」などと努めて冷静を装っていたが、私は「辞めさせるのはシーズン終了後でいいだろ!」「なぜ優勝を目指しているチームに水を差すようなことをするのか!」と球団に対する怒りが込み上がっていた。

 思い出したのは1994年、西武コーチ時代の巨人との日本シリーズだ。試合前の「さぁ行こうぜ!」というタイミングで森祇晶監督の退任報道が東京ドームのビジョンに出た。森さん本人も全く知らなかった。意図的にそれを流したのかどうかは分からないが、西武側からその情報が漏れていることのほうが大問題だった。

 選手達はプロとして全力を尽くしてくれたが、翌年にはいないことが分かっている指揮官のためにどれほど頑張れるだろうか。日本シリーズという短期決戦ではおかしくなったチームの空気を変えるには余りにも時間が足らなかった。西武は2勝4敗で敗れた。

 監督退任が発表になっても落合さんは選手たちに何も言わなかった。

 だが私は選手達を集めてこんなことを言った。

「お前らと一緒に野球ができるのは今年までになった。だからプレーオフ、日本シリーズも含めて一試合でも多く、一緒にユニフォームをきて野球をやりたいと思っている」

 球団の一部には落合さんが勝つことを望んでいない、負けることを望んでいる人間がいるというマスコミ報道もあった。それが本当に歯痒かった。シーズン終盤、ある試合で敗れると、この年からきた球団社長と代表がガッツポーズして喜んでいたそうだ。実際に私は見たわけではないが、そんな噂は直ぐに選手達にも広まった。

 中日があのときの西武と違ったのは、監督退任発表をむしろエネルギーにしてエンジンがかかったことだ。発表後の成績は15勝6敗3分け。少なくとも中日の選手達はそれを聞いて「やった!」とは思わず、球団に対して「ふざけんなよ!」という感情で一つになったということだろう。中日はこの大事な四連戦を雑音に振り回されることなく、しっかり3勝1敗で乗り切ってリーグ優勝へ望みを繋いだ。

勝負を決めた天王山の4タテ

 10月に入って阪神に連勝すると、その後はナゴヤドームで広島、巨人、ヤクルト、巨人と休みなしでの十三連戦が組まれていた。ここが最後の勝負どころだった。最初の広島三連戦を3連勝してそこでヤクルトを捉えてついに0・5ゲーム差で首位に立った。続く巨人との三連戦、1敗1分けで迎えた三戦目に堂上剛裕のサヨナラタイムリーで勝利。ゲーム差0・5のまま10月10日からのヤクルトとの天王山四連戦を迎えた。

 初戦、二戦目を山井、川井の好投でモノにすると、三戦目もネルソンで勝って優勝マジック「4」が点灯。次の四戦目も吉見で勝って4タテ。この時点でヤクルトとのゲーム差は4・5に開き、マジックは「2」になった。いよいよ優勝が目前に迫っていた。

 落合さんはヤクルトに4連勝する前にこんなことを言っていた。

「シゲ、ヤクルトに4連勝しても次の巨人に3連敗あるぞ。必ず何か起きるぞ」

 ヤクルト戦でピッチャーを全部使い果たすから巨人には負けてしまうぞという意味だ。ヤクルトを4タテして「よしやった!」という安堵感もある。分の悪い苦手な東京ドームでの試合でもあり、その後にまだヤクルトとの直接対決が一つ残っているという「保険」もあった。最悪そこで勝てば良いわけだし、だから3連敗の可能性は確かにあると私も思っていた。

 その巨人戦ではダメ元でルーキーの大野雄大を先発させた。怪我を承知で指名したドライチのプロ初先発。私達が辞めるかどうかはさておき、翌シーズン以降を考えて新人を一度でも一軍で使っておきたかった。大野は序盤から打ち込まれ四回6失点でKOされたが、思った以上のものは見せてくれた。

 翌日はチェン、その次は山井で落とし、案の定、巨人に3連敗した。それでもそれは「想定の範囲内」。落合さんも私も全く慌てなかった。「2」だったマジックはヤクルトが敗れたことで「1」になっていたし、前述の通り直接対決もまだ一つ残っている。この3連敗は大したことではなかった。

 19日のヤクルト戦に勝てば、他は全部負けても良いと思っていたけれど、18日のDeNA戦に引き分けて、球団史上初のリーグ連覇を成し遂げることができた。

 振り返ってみるとヤクルトに4連勝した後のシーズン最後の六試合は、本当に19日のヤクルト戦に勝った以外は一つも勝っていない(0勝1分3敗)。薄氷を踏む優勝だった。

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