異色のセカンドキャリアを歩む元Jリーガー

静かに引退を表明したファンタジスタ髙萩洋次郎 約半年の“主夫”生活を経て一般企業に就職したワケ

吉田治良

ツテも頼らずに自分の考えで転職活動へ

引退表明後の3月、トークイベントで古巣・広島に帰還。12、13年シーズンのJ1リーグ連覇の立役者を、サポーターは温かい拍手で迎えた 【(C)J.LEAGUE】

――さて、9月1日からは株式会社「VOLZ」(ヴォルツ/旧社名Tixplus=ティックスプラス)に就職し、第二の人生を歩み始めました。Jリーグをはじめとするプロスポーツチームのファンエンゲージメントを高めることを目的としたアプリや、それに関連する各種サービスの提供・運営を行う会社だそうですが、まずお聞きしたいのは、サッカー界に留まる考えはなかったのか、ということです。指導者ライセンスは持っているんですよね?

 一応、B級までは。

――だとしたら、同世代の青山さん(広島のトップチームコーチ)や梅崎さん(京都サンガF.C.のトップチームコーチ)のように指導者の道へ進む、あるいは細貝萌さん(ザスパ群馬・社長兼GM)や水野晃樹さん(いわてグルージャ盛岡・GM兼強化部長)のように、クラブのフロントに入るといった選択肢はなかったのですか?

 どこかのクラブに所属してコーチをするというのは、あまり考えていなかったですね。コーチという仕事の拘束時間の長さも知っていますし、単身赴任を強いられるケースもあります。やはり家族と一緒に過ごす時間を増やすためにも、サッカー界から一度離れたいなと。フロントについても同じです。生活の安定を優先した選択ですね。

――いつ解任されるか分からない、シビアな世界でもありますからね。

 そうですね。あとは、小学校のころからずっとサッカーだけをやってきて、この狭い世界のことしか知らないまま30代も後半まで来てしまったので、ここで人として、社会人としての教養を身に付けておく必要があるんじゃないかとも思ったんです。挨拶にしても、名刺交換にしても、知らないことばかりですし、そういう世界への憧れみたいなものもあったので、一般企業で一度働いてみようと。未知の世界への挑戦は、なんだか自分らしい選択だなと思います。

――現役時代に髙萩さんのエージェントをされていた株式会社ジェブエンターテイメントと、株式会社インディードリクルートパートナーズのセカンドキャリア支援の取り組みを介して、今回の転職活動に臨まれたそうですね。

 ジェブにはリクルートエージェントの方を紹介してもらい、サポートしていただきました。基本的なプロセスは一般の方の転職活動と同じです。気になる会社をいくつかリストアップし、職務経歴書を作成して応募する。その中の1社がヴォルツでした。

――条件面でこだわりはあったんですか?

 特にはありませんが、土日が休みで、あとはちょっとスポーツには関わっていたいという想いもあったので、その可能性がある会社を選択肢にしていました。

――転職活動は順調に進みましたか?

 十数社に応募しましたが、ほとんどが書類選考で落ちましたね。その中で面接まで進んだ数社から、ヴォルツも含めて2社に内定をいただきました。

――30代後半という年齢に加えて、一般企業で働いた経験もないわけですから、苦戦されたでしょうね。

 リクルートエージェントの方にも言われましたよ。元サッカー選手で、知り合いのツテも頼らず、自ら考えて民間企業に就職するための活動へ踏み出し、ここまで行動された人はなかなかいないと思いますって(笑)。

――ヴォルツには髙萩さんの何を評価されたと思いますか?

 なんでしょうね。それこそ人に頼らないところとか、とりあえず何でもチャレンジしてみる姿勢とか、そういったところかもしれません。広島を出て、海外に挑戦したときもそうでしたからね。

目標はデジタルトレカの認知度アップ

9月から働き始めた「ヴォルツ」では、デジタルトレカを通してプロスポーツクラブとファンをつなぐ業務を担当。元Jリーガーの強みも活かしたい 【YOJI-GEN】

――10月1日付で「ティックスプラス」が電子チケット関連事業を分割。より専門性を高めるために、ライブ・エンターテインメント系の電子チケットに関連したシステムの開発、各種サービスの提供ならびに運営を行う「チケットプラス」と、デジタルトレーディングカードを中核とするスポーツ関連事業を行う「ヴォルツ」に分社化されたそうですが、髙萩さんはヴォルツで、具体的にどういった業務を担当されているんですか?

 現在はソリューションデザイン部のリレーショングループという部署に所属しています。簡単に言うと、クライアントとの関係性をより良く、より強固なものにしていくことが、我々の役割です。今はJリーグをメインに、プロ野球、Bリーグ、バレーボールのSVリーグ、そして卓球のTリーグといったさまざまなプロスポーツのチームと、デジタルトレーディングカード関連のお仕事をさせていただいています。

――例えば、Jリーグのデジタルトレーディングカードにはどんなものが?

 現在はJリーグの12クラブがWEB上で展開していて、ファンの皆さんにはコインを貯めて選手をスカウトしながら、自分の好きなカードをコレクションして楽しんでもらっています。スタジアム内でログインすると限定カードがもらえたり、勝った試合の後に勝利カードがもらえたり、試合会場とも連動しているので、クラブにとっては集客アップの一助にもなりますが、大きな目的はファンがクラブとのつながりを強め、よりコアなファンになっていただくことなんです。

 最近だとハロウィン・バージョンのカードや、サンフレッチェであれば佐々木翔選手のJ1通算350試合出場を記念したカードなど、ファンの方の関心を引くようなカードを提案しています。

――元Jリーガーという経歴が役立ちそうですね。

 もちろん、今はJクラブさんとの向き合いがメインなので、僕自身の強みを発揮できるところもあると思います。まだまだ学ぶことばかりですが、サッカーのことだったら何でも聞いてほしいですね。

――入社から1カ月半ほどが過ぎましたが、新しい仕事には慣れてきましたか?

 全然です(苦笑)。ただ、言葉遣いや、いわゆる“ホウレンソウ”など、社会人としての素養が1つ1つ身に付いていっている感覚はあります。一緒に働く皆さんは、ちょっと変わった経歴のやつが入ってきたなって思われているでしょうけど、コミュニケーションをうまく取りながら、まずは社内で良い人間関係を築いていけたらと思っています。

――ファンタジスタとして名を馳せた選手時代は、ピッチ上では実に雄弁でしたが、ひとたびピッチを離れるとシャイで朴訥としたイメージがありました。

 今も人前でしゃべったりするのはあんまり得意ではありません。たった1カ月半ぐらいじゃ、なかなか変わりませんよ。

――この仕事をしていて一番楽しいなと思う瞬間と、一番難しいなと思う瞬間を教えてください。

 難しい瞬間は挙げればきりがないですけど、やっぱりデータとかシステム関連の話は、聞いていてもなかなか理解ができなくて、いつも漫画みたいに頭から煙が出そうになります。でも逆にそれが楽しいところでもあって、意味を理解できるとパッと世界が広がるんです。あとは、選手時代には分からなかったクラブの人たちやスポンサーの方の想い、ファンの方の気持ちに気付けるようになったことも、嬉しい発見ですね。

――現役生活で培ったもので、セカンドキャリアに活かされていることはありますか?

 我慢強さ、粘り強さ、チャレンジ精神……あとは何度か移籍もしてきたので、環境の変化への順応性も備わっていると思います。慣れればなんとかなる、そんな想いで今も日々を過ごしています。

――では最後に、今後の目標を教えてください。

 Jリーグのデジタルトレーディングカードのことは、僕自身、この会社に入って初めて知りましたし、一緒にやっていた選手たちに聞いてもほとんどが知りませんでした。ですから、これからもっと認知度を高めて、より多くのファンに知ってもらい、楽しみながらより熱いファンになってほしいと思っています。そして、トレーディングカードを通じて、サッカーだけでなく、日本のスポーツ界全体の盛り上がりや発展にまでつなげたい。やりがいは、ものすごくありますよ。

(企画・編集/YOJI-GEN)

髙萩洋次郎(たかはぎ・ようじろう)

【YOJI-GEN】

1986年8月2日生まれ、福島県いわき市出身。高1の2002年にサンフレッチェ広島ユースに入団。翌03年に同期の前田俊介、髙柳一誠らとともにトップチームの2種登録選手になると、同年4月5日のJ2リーグ、湘南ベルマーレ戦でデビュー。16歳8ヵ月3日での出場は、当時のJリーグ最年少記録だった。06年の愛媛FCへのレンタル移籍を経て、07年に広島へ復帰。翌08年シーズンにはトップ下のレギュラーに定着し、チームのJ2優勝に貢献。10年のナビスコカップでニューヒーロー賞に輝くと、12年シーズンはリーグ最多アシストを記録してJ1初優勝の立役者となり、Jリーグベストイレブンにも初選出された。その後、15年1月にオーストラリアのウェスタン・シドニー・ワンダラーズ、同年6月に韓国のFCソウルに移籍。17年1月に完全移籍したFC東京ではボランチの一角を務め、13年7月の東アジアカップ以来、3年8ヵ月ぶりの日本代表復帰も果たす。栃木SC、アルビレックス新潟シンガポールでのプレーを経て、25年1月3日に自身のインスタグラムにて引退を表明。9月1日付けで株式会社VOLZのソリューションデザイン部リレーションGに配属され、セカンドキャリアを歩み始めた。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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