父の会社で副社長を務める徳永悠平と団子販売に携わる中村北斗が直面した困難 国見高の先輩後輩ビジネス対談(前編)
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きっかけは息子のアレルギー
徳永 8月24日にV・ファーレン長崎対レノファ山口戦の前座として長崎ピーススタジアム(ピースタ)で行われた長崎OB対国見OBのレジェンドマッチ以来かな。
中村 同期の平山(相太/仙台大監督)や兵藤(慎剛/早稲田大監督)も来たんで、すごく懐かしかったです。
――おふたりとも長崎で引退していますが、キャリアを終える決断を下すにあたって、何らかの相談はしていたんですか?
中村 いや、そうでもないですね。よくご飯は一緒に行っていましたけど、「引退したらどうしようかな」「何かアイディアあります?」といった具体的な相談を悠平さんにしたことはないです。
徳永 2019年のシーズンが終わった後に「辞める」と聞いて、「ああそうなんだ。頑張れよ」みたいなことを言った覚えはあるけど、それくらいだね(笑)。
中村 僕はその後、アビスパ福岡U-18のコーチになることが決まったんですけど、悠平さんに報告するタイミングもなかったかな(苦笑)。
徳永 誰かから「北斗はアビスパでコーチになったらしいよ」と聞いた気がするよ。
――ただ、中村さんはアビスパの仕事を1年で辞めていますよね。
中村 そうですね。ちょうどコロナ禍真っ只中で、「新たなビジネスをやりたい」という気持ちが湧いてきたんです。そこで、2021年頭に豆腐スイーツなど大豆製品の移動販売を手掛ける「GOCHISOY(ゴチソイ)」の仕事を始めました。
徳永 そのきっかけは?
中村 3番目の息子が強度の乳アレルギーだったんです。赤ん坊の頃はミルクはもちろん母乳も飲めなくて、幼稚園に通い出してからは給食を食べられず、僕も含めて家族全体が「毎日の食事をどうしたらいいのか」と頭を痛めていたんです。
そんなときに出会ったのが、ゴチソイの製品。「豆乳プリンやケーキなどを僕が売るようになれば、アレルギーで苦しむ子供の助けになるな」と思って、2021年頭に移動販売車を入手し、福岡市内で販売を始めました。
徳永 それはホントに思い切ったチャレンジだよね。
学生時代から事業を興したかった
徳永 その気持ちはすごく分かる。僕もサッカー選手になる前から事業を興したいと思っていたから。早稲田からFC東京入りした20代の頃は、大学OBや起業家の知人に会って話を聞いたりもしていたしね。
中村 悠平さんは東京の大学へ行ってますから、ネットワークがありますよね。そもそも、なんで大学へ行ったんですか?
徳永 自分が行きたかったし、遊びを含めていろんな世界を見たかった。田舎出身の僕にとって大学生活は憧れだからね。
それに親も小嶺(忠敏)先生も「お前は大学へ行け」と言っていた。ウチの父は国見OBで小嶺先生とも懇意にしていたんで、高校時代は練習が終わって家に帰ると、小嶺先生とコーチと父親がよく一緒に飲んでいたよね(笑)。そういう中から進路も決まったんじゃないかな。
中村 僕の代も平山と兵藤は大学に行ったけど、自分は大学へ行ったら遊んでしまうことが分かっていた(苦笑)。厳しい環境に身を投じた方がプラスだと考えてプロ入りを決めて、アビスパに入りました。
徳永 その選択は北斗らしいね(笑)。
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