連載:徹底考察「ポテンシャルが高い選手」とは?

なぜ大谷翔平はあの大きな身体で速く走れるのか? NBAを知るスポーツパフォーマンスコーチ、佐藤晃一氏のポテンシャル論

吉田治良

若くしてアメリカでトレーナーとしての経験を積み、様々なトップアスリートを間近で見てきた佐藤氏のポテンシャル論は、実に興味深い 【YOJI-GEN】

 とりわけスポーツの世界でよく耳にする「ポテンシャル」とは何を意味し、それはいかにして開花するのか。NBAのウィザーズ、ティンバーウルブズでも指導経験がある現日本バスケットボール協会のスポーツパフォーマンスコーチ・アスレティックトレーナー、佐藤晃一氏に話を聞いた。そこに「生まれ」と「育ち」はどのように関係しているのか。大谷翔平や河村勇輝らを例に、ポテンシャルの謎を解き明かす。

先天的な身体能力に“騙される”こともある

身体能力という観点ではポテンシャルに恵まれていたジャベル・マギーだが、若い頃はバスケIQや情熱といった要素がそれに見合っていなかった 【Photo by Mark Blinch/Getty Images】

――さっそくですが、佐藤さんがイメージされるポテンシャルが高い選手とは、どんな選手ですか?

 一般的には、足が速いとか、ジャンプが高く跳べるとか、運動能力が高い選手を指すんだと思います。ただ、世の中はそれに惑わされることが多いんです。

――惑わされる?

 ポテンシャルって、正確に何割とは言い切れませんが、おそらく50パーセント以上は生まれつきで決まります。例えば、大谷翔平選手があの大きな体であれだけ速く走れるのも、ウサイン・ボルトが195センチという長身で100メートルを9秒台半ばで走れたのも、私は後天的なものではないと思っています。

 英語に「Nature or Nurture」(生まれつきか、育ちか)という表現がありますが、身体的な能力はもちろん、メンタル的な部分、例えば幸せを感じる能力なんかも、半分くらいは先天的なものだと言われています。

――答えが出てしまいましたね……。

 そうですね(笑)。研究文献を見ても、やはり生まれと育ちの議論においては「生まれ」に軍配が上がります。とりわけエリートアスリートに関してはこれが当てはまる。ただ、後天的な部分も多少はあります。先ほど“騙される”と言ったのは、運動能力のような分かりやすいポテンシャルだけでやっていくには限りがあるからです。

 例えば、元NBAプレーヤーのジャベル・マギー(現在はオーストラリアのイラワラ・ホークス所属)。私がNBAのワシントン・ウィザーズでリハビリテーション・コーディネーターになった1年目に、ドラフト1巡目18位指名で入ってきたマギーは、セブンフッター(身長213センチ)でフリースローラインぐらいから1歩半でダンクができてしまうし、足も速かった。ただ、たしかに身体能力の観点で言えばポテンシャルはありましたが、バスケットボールIQとかバスケにかける情熱といった要素が、それに見合っていなかった。

――それでもチームはチャンスを与えました。

 こんな素材はなかなかいませんからね。彼の場合はワシントンでは花開きませんでしたが、幸運にもその後、デンバー・ナゲッツやゴールデンステート・ウォリアーズなどに行って、いつの間にか大人の選手になった。2021年の東京オリンピックではアメリカ代表の一員として金メダルも獲得しましたからね。ただ、もし彼がセブンフッターではなく、そこまで身体能力がなかったら、たぶんもっと早くに切られていたと思います。

 人は目に見える分かりやすいものに騙されがちです。だから私も含め、指導者が目を向けなくてはならないのは、もっと内側の部分。私は「Curiosity(キュリオシティ)」、つまり好奇心という言葉が好きなんですが、やはりポテンシャルを伸ばせるのは、こちらの提案に対して、「なぜそれをやるのか?」「どういった効果があるのか?」と疑問を持ち、ちゃんと対話ができる選手なんです。もっと言えば「こちらが学べる選手」でしょうか。

――それは年齢に関係なく?

 関係ありません。ただ、そうした好奇心が環境で削がれることもあるので。

――というと?

 問いかけって、疑いでもあるじゃないですか? 「なんでこれをやるんですか?」と問われた指導者の方にも好奇心がなければ、「俺の言うことに文句があるのか?」となってしまう。指導者の立場が選手よりも上であればあるほど、選手は好奇心を示さなくなっていくと思います。

――選手の好奇心を指導者が受け入れなければ、伸びていかない?

 かつての会津藩には「什の掟(じゅうのおきて)」(会津藩士の子どもたちが自らを律する心構え)というものがありました。「ならぬことはならぬのです」という教えは、成長段階においては大切ですが、ただそこには疑いを挟み込む余地がないじゃないですか。ある程度大人になったら、「なんでこれはダメなんですか?」という疑問を持たなくてはならないし、同時に周りがそれを受け入れる環境も必要なんだと思います。

――では、ポテンシャルが開花するかしないかは、指導者と環境次第ということですか?

 それも1つの要素だということです。最初に言ったように、運動能力は生まれつきでほとんど決まってしまいますから。これはユース世代のトレーニングに精通している方から聞いたんですが、日本においてはいわゆるミックス、なかでも西アフリカ諸国の人と日本人のミックスが、最も瞬発力系の身体能力が優れているそうです。

 ただ、はっきりとした年齢は調べてみないと分かりませんが、成長期のある一定の期間に、例えば筋繊維において遅筋が多くて速筋が少ない選手が、スピードを意識したトレーニングを集中的にやれば、多少は変わる余地があります。しかし、それがパフォーマンスにものすごく大きな変化を与えるとは思えません。

やるべき体格の選手がやるべきスポーツを

野球以外のスポーツでも一流になれたと言われる大谷だが、「やってみなければ分からない」。重要なのは自分がやるべきスポーツを見つけられるかだる能力だ 【Photo by Sean M. Haffey/Getty Images】

――結局、生まれながらの才能を持った者しか、エリートアスリートにはなれないと?

 そうですね。デイビッド・エプスタインというアメリカのジャーナリストが、TED(「広める価値のあるアイデア」というスローガンの下、各分野で最先端にいる専門家たちがプレゼンテーションを行う世界規模のカンファレンス)で、「なぜ、さまざまなスポーツの記録は更新されていくのか?」というテーマで話をしているんです。

 結論から言えば、「やるべき体格の選手が、やるべきスポーツをやるようになった」から。ひと昔前までは、どんな競技をするにも中肉中背の体格がベストだと言われていたんです。でも今、ナショナルトレーニングセンターに行けば、この人は何の競技の選手かって、体格を見ただけでほぼ分かる。例えば、物理的に回転するときの抵抗が大きくなってしまうので、体操選手に高身長の人はいませんよね?

 TEDにおいてエプスタインは、1500m走の世界記録保持者であるヒシャム・エルゲルージと水泳のマイケル・フェルプスを比較しています。2人は足の長さは同じだけれど、身長は15センチ以上もフェルプスのほうが大きい。エルゲルージの脚の長さはランナーとして熱の発散を含めて効率的で、フェルプスの胴と腕の長さはまさに水泳選手向き。つまり繰り返しになりますが、やるべき人がやるべきスポーツをやっているわけです。

――では、「大谷翔平選手であれば、野球以外のスポーツをやっていても一流になれただろう」とよく言われたりしますが、その仮説は成り立たない?

 それは、やってみなければ分かりません。エプスタインも著書『RANGE』の中で、「スポーツに限らず、自分に何が合っているかはやってみないと分からない、そして大成した人たちの多くは、いろんなことをやって、そこに行き着いている」と結論付けています。

 興味深いのは、ゴルフのタイガー・ウッズとテニスのロジャー・フェデラーの比較です。スポーツの世界では、「この選手は3歳でこの競技を始めて、その道一筋でやってきた」といったストーリーが取り沙汰されがちで、それが大成するための典型的なルートだと勘違いされています。

 ウッズは2歳の頃にはもうクラブを振っていて、ゴルフ一本で成功をつかみましたが、一方でフェデラーの場合は、幼い頃はレスリングやサッカーをやっていて、テニスに特化したのはティーンエイジになってから。最初はまともにボールを打ち返せず、テニスコーチだったお母さんも一度はサジを投げたと言います。そうした過去は誰も話しませんが、スポーツ界全体を見ると実はフェデラータイプの方が多いと言われているんです。

――やるべきスポーツを見つける、ということですね?

 ええ。だからもしかすると、いろんなスポーツを試して、自分に合ったものを見つける能力こそが、本当の意味でのポテンシャルなんじゃないかとも思うんです。

――遺伝子的な要素もやはり大きいんですか? プロアスリートのジュニアが両親と同じ道に進むケースは多いですよね?

 先ほども話したように、身体能力だけではなく、メンタル面も含めて5割以上は遺伝的な要素が占めると僕は思っています。もちろん突然変異もありますが、両親がスポーツをやっていたというバックグラウンドは、子どもに受け継がれると考えています。

――では、身体能力的なポテンシャルを元々持っていて、好奇心など内面的な要素も含めてすべてが生まれながらに備わっている選手は、かなりレアなケースですか?

 レアではあるでしょうね。大学駅伝では途中棄権するチームが昔に比べて多くなっているそうです。才能に恵まれた選手が、小さい頃からちやほやされ、すべてを整えられた環境で育てられたことで、逆境に弱くなってしまったと。たしかに、すべてが遺伝として備わっていたとしても、それなりの障壁を与えられないまま育った選手は、いざというときに能力を発揮できないかもしれません。

――なかには自ら障壁を設けて、それを乗り越えながら強くなる選手もいますよね。例えば大谷選手のように。

 おそらく大谷選手は、一般の人にとっての障壁を障壁と捉えていないんでしょう。それもポテンシャルであって、先ほどの幸せを感じる能力のようなものが、もともと高いんだと思います。障壁を越えること自体を楽しんでいるみたいな。彼がこれまで歩んできた道のりを、同じ身体能力があってもネガティブなメンタルしか持たない選手が歩めば、あれほどの成功はつかめないかもしれません。

 指導者をやっていると思いますよ。なんでもやってあげたいけれど、やってあげればあげるほど選手は自立できなくなるし、問題解決能力が削がれてしまう。もちろんそれはキャラクターにもよりますし、どのように対応するかは指導者の裁量なんですけどね。

――先ほどおっしゃった好奇心を向上心に置き換えれば、自分で高いところにゴールを設定できる能力も大切なのでは?

 そうとは限りません。大谷選手の“目標達成シート”が有名ですが、あれも合う選手と合わない選手がいる。トレーニング方法もゴールの設定方法も、いろんなやり方があります。そのなかで好奇心を持ちながら、自分に合ったやり方を探し、見つけられるかどうか。そこはスポーツの世界だけではなく、一般的にも言えることだと思います。

 とくに日本には、「一度始めたら最後までやり通しなさい」とか「途中でやめるのはもったいない」みたいな価値観があるじゃないですか。でも、僕自身も中学はバレーボール、高校はブラスバンド、大学はアメリカンフットボールをやってきましたが、自分に合った職業、スポーツを見つけるために、いろんなことを試してみるべきなんです。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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