異色のセカンドキャリアを歩む元Jリーガー

サッカーとは一線を引き不動産会社代表として奮闘 小宮山尊信が業界未経験のまま会社を設立した理由とは?

菊地正典

本当にサッカー選手だったのか自分でも信じられないときがある

現役時代に大いに刺激を受け、影響された選手は少なくない。川崎Fでチームメイトだった小林悠(左)もその1人だ 【(C) J.LEAGUE】

――サッカー選手に物件を紹介するようなことは多いのでしょうか?

 会社を始めたころ、ありがたいことにいろいろな方から賃貸案件を紹介していただきました。現在は千葉県で自社物件の売買を中心に行っていますので、お手伝いできなくなってしまいました。当時ご紹介いただいた方には本当に感謝しています。

――元サッカー選手だから、サッカー選手を顧客にしたビジネスを中心にするのは方法としてありそうですが、そうはしなかったと?

 最初のストーリーとしてはそういうことも考えました。サッカー専門みたいな。ただ、一つの業界に依存してしまうのも怖いですし、仕事をいただくことを前提にするといずれ大変になる可能性があると考えました。自社物件の売買であれば、仕入れ、施工、売却までを一括で行うことができ、自発的に戦略が組めますし、間の工程の仕事もできると思いました。なので、それらをやれる力を早くつけたいという気持ちのほうが強かったですね。

 いまは自分たちだけで建設業許可の取得も可能なところまでようやく来ました。不動産にもいろいろな仕事があるなかで、当初から自社物件の販売は一番やりたいことでしたし、もともと建築に興味はありました。性にも合っていると思います。

――自社物件の売買が性に合うというのはどういったところに感じますか?

 売れるか売れないかの評価軸がシンプルなところですね。

――それはサッカー選手の経験がつながっている気がします。「売れるか売れないか」というのが勝負してきた人の考えのようです。

 言われてみるとそうかもしれませんね。選手のときは自分自身が商品だったので、自分への評価が自分の価値でした。

――もともとそういう性格、考え方だから、サッカー選手としても、不動産業でも成功されているのかもしれません。

 まだまだなので成功なんて全然していませんが、共通点はある気がします。選手のときも個人事業主だったのである意味で社長ですし、マインドとしては変わらない部分は多いのかなと。ただ、やっていることが違いすぎて、本当に自分が過去にサッカー選手だったか、自分でも信じられないときがあります。ちなみに、現在は全くサッカーはしていません。

――いまの不動産業界でサッカーでの経験が生きていると感じることはありますか?

 サッカーという競技は相手との競争ですが、相手に勝つために日々、自分自身との闘いが続きます。また、対戦相手だけではなくチーム内のライバルにも勝ち続けないと生き残れません。そのために常に自分に必要なことを考え、逆算して行動する思考が自然と身につきました。経営者と選手で職種は違いますが、現状維持ではもたないことは同じです。成長しなければ競争に負けていくのは似ています。

 現役中はケガが多かったですが、そのときに感じたことが役に立っています。状況が悪いときでもやるべきことをきっちりやる。そうやって日々、薄くでも積み重ねていけば、ピンチのときもチャンスのときも、いざというときに自信を持って準備ができている自分になれます。逆に積み重ねていないと、いざというときに不安になります。これらは何カ月間も何度もリハビリを繰り返したなかで経験しました。

 小さいころからずっとサッカーに打ち込んできた私にとっては、間違いなくサッカー界やサッカーという競技のおかげでいまがあります。サッカーには心から感謝しています。また、そのなかで出会った人にも本当に恵まれて、たくさん学ばせてもらいました。

――実際に名前を挙げるとしたら誰でしょうか?

 出会ってきた監督、コーチ、仲間たち……本当にたくさんいますが、選手時代でいえば(中村)憲剛さんとか、小林悠もノボリ(登里享平)もそうでしたし、中澤佑二さんもそうでした。横浜FCでは南(雄太)さんとか。彼らを見ていると自分もやらなきゃと思いましたし、自身がつらいときもチームにプラスを与え、どんな状況でも人のせいにせずに自分自身に向き合っている姿を見ていました。間違いなく行動のモデルになっています。

――いまの小宮山さんはまさに人のせいにできない状況を作られていますね。

 そうですね。誰も責任を取ってくれません(笑)。

選手は競技に全振りするくらいでやり切ったほうがいい

「成功なんてしていない」と謙遜するが、「楽しい」という言葉からも、不動産業界で充実した毎日を送っているのが分かる 【菊地正典】

――では、不動産業で元Jリーガーであることがプラスに働くことはありますか?

 私のことを知ってくださったお客さんや業者の方も結構いらっしゃったので、人としての信用の部分ではプラスに働くことはあったと思います。ただ、私はどちらかというとマイナスと捉えていました。「自分がもしお客さんだったら?」と考えたときに、会社の代表や宅建士が「元サッカー選手って、大丈夫?」って思いますね。専門的で見えない部分が多い世界なうえ、その方にとって人生でおそらく一番の大金を支払うわけですから。当初はその話題が出るのはお客さんに不安を抱かせてしまうようで嫌でした。また、取引する不動産業者の方にも変な先入観は持ってほしくないということもあり、知らないほうが良いと思っていました。

 今は引退して時間も経ちましたので特に気にしていませんし、もちろん、あくまでお客さんが抱くイメージや先入観の話なので、今も当時も携わった仕事に関しては誰に見せても恥ずかしくない仕事をしています。

――第三者からするとサッカー選手であることをメリットにしたくなる気もしますが、小宮山さんはメリットにしようと思っていない、そもそもそんなことを考えてすらいないようにも感じます。

 そうですね。特にメリットにしようとは思いませんでした。それよりも自分の力を高めることに集中していました。

――選手は引退後のことを考えるより、いまのサッカーに集中したほうがいいと思いますか?

 そう思います。貴重じゃないですか、選手の時間って。スポーツ選手は基本的に辞めてしまったら戻れません。選手としての時間は、夢や過去の積み重ねてきた努力や経験も含めての時間だと思うので、選手は競技に全振りするくらいでやり切ったほうがいいと思います。そのやり切った経験がその先にも絶対に生きます。

 私みたいに30代前半で現役を引退したとしてもまだまだ若いと思いますし、何歳で引退しても結局そのあとは自分次第です。私も現役時代にそれこそ宅建の勉強をしたときもありましたが、全く身になりませんでした。それよりはサッカーのために時間を使ったほうがいいと思いますし、辞めてから数カ月勉強すれば取れましたから、現役中にそういう時間を使う必要はないですよ。

――のちに合格率20%の宅建を取った方が言うと説得力がありますね。最初は漠然と聞いてしまいましたし、インタビュアーの私だけではなく、読者の方たちも現役引退後の小宮山さんを知ると印象が変わる気がするのでもう一度聞きます。いま、楽しいですか?

 はい、楽しいです!(笑)

(企画・編集/YOJI-GEN)

小宮山尊信(こみやま・たかのぶ)

1984年10月3日生まれ、千葉県船橋市出身。現役時代は左サイドバックをメインにDFとして活躍した。市立船橋高では3年時に冬の選手権優勝を経験。順天堂大を経て、2007年に横浜・Fマリノスに入団すると、すぐに左サイドのポジションをつかみ、プロ1年目にして日本代表候補にも選ばれた。10年からは川崎フロンターレに所属し、ACLでもプレー。17年に移籍した横浜FCで1年間プレーした後、選手生活に別れを告げた。引退後は故郷の船橋市に戻り、不動産会社ALLSWELLを設立。同社代表として忙しい日々を送っている。

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著者プロフィール

福島県出身。埼玉大学卒業後、サッカーモバイルサイトを運営するIT企業を経て、フリーランスに。2025年はサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフユナイテッド市原・千葉の担当記者を務める傍ら、サッカー日本代表や過去に担当した浦和レッズや横浜F・マリノス、川崎フロンターレなどJリーグを中心に取材している。著書に『浦和レッズ変革の四年 〜サッカー新聞エルゴラッソ浦和番記者が見たミシャレッズの1442日〜』(スクワッド)、『トリコロール新時代』(スクワッド、三栄書房)がある。

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