教え子たちとのドラフト秘話

闘将の“鶴の一声”でドラ6指名…打点王に成長 二刀流以上の貢献をした山崎福也 明治大・善波達也元監督が明かす秘話

瀬川ふみ子
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明大監督時代に多くのプロ野球選手を輩出した善波氏。プロに羽ばたいた教え子たちとの知られざる物語に迫る 【写真:白石永(スリーライト)】

 2010年ドラフト会議、明治大の荒木郁也が阪神に5位で指名されてから15年間、一度も途切れることなく、明治大はドラフト指名選手を毎年輩出し続けている。そんな名門大学を2008年から12年間率いた名将・善波達也氏に、教え子たちとの秘蔵エピソードや、今だから語れるドラフト裏話を振り返ってもらった。

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野村祐輔が進化したのはあの時…

 明治大の監督になった初年度の2008年に中日からドラフト5位で指名いただいたのが岩田慎司です。1学年上に久米勇紀(元ソフトバンクなど)、古川祐樹(元巨人)などの投手がいて、出場機会に恵まれていなかったのですが、4年生になってバーンと爆発して力を出して、私が監督として迎えた最初のリーグ戦で優勝に導いてくれた大エース。

 そんな慎司は、監督の私に直接ものを言える選手が少ない中、仲間や後輩のことを見渡しながら、言いにくいこともちゃんと言ってくる選手でした。その一つが、後輩のノム(野村祐輔/元広島)の件で……。慎司が4年時に1年生だったノムが、秋のリーグ戦で1点も取られず防御率0.00を続けていて、最終カードを前に最優秀防御率のタイトルが確定していたんです。そんな中、私が「最終カードもノムに1イニングは放らせるよ」と宣言していたら、試合の数日前に慎司が私のところに来て、「野村は放らせないであげてください。0.00で防御率のタイトルを取れるなんてことはないですから」と。結局ノムには放らせましたけど(笑)。ノムはなんとか0で抑え、34回2/3を自責点0。0.00でシーズンを終えたのは東京六大学リーグ史上5人目、44年ぶりの快挙となりました。

 でも、慎司が「最終カードで点を取られてしまったら……」と後輩のために私に言ってきた勇気は忘れません。そんな慎司はプロでも、自分のことだけではなく周りの選手のことも考えられる選手だったのでしょう。現役引退後も球団に残って仕事をさせてもらっています。球団に残れるというのは本当に限られた選手だけ。指導者側とすると、ありがたくうれしいことです。

大学4年時、野村は明治神宮大会・決勝で無四球完封勝利をおさめチームを日本一に導き、大学野球の有終の美を飾った 【写真は共同】

 私が監督になって1年目のときの1年生、すなわち4年間すべて監督として関わったのが、野村祐輔、島内宏明(楽天)、阿部寿樹(Hondaを経て中日~楽天)がいた代ですね。

 ノム(野村祐輔)は広陵高時代、夏の甲子園準優勝投手。どこで大学野球での初登板をさせようか考えた末、1年春先の立命館大とのオープン戦で初めてマウンドに送ったのですが、いきなりピッチャーゴロが足に当たってしまって……。そこから二週間ほど投げられない時期を経て、春のリーグ戦に入りました。必ずしも順調というわけではなく、痛い思いをしてからのスタートでしたね。春のリーグ戦で優勝に貢献し、秋は防御率0.00で最優秀防御率のタイトルを取りました。
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