為末大が解き明かすハードルの奥義 勝負を分ける「歩数とリズム」
特に勝敗を分ける要素の一つが、「歩数」と「リズム」だ。選手たちは一体、歩数にどんな戦略を立てているのか。レース中のリズムはどう保てばいいのか。また、日本や海外の選手が、近年飛躍的に記録を伸ばしてきた理由はどこにあるのか。五輪に3大会連続で出場し、世界陸上男子400mハードルで銅メダルを獲得した日本ハードル界のパイオニア、為末大さんに話を伺った。
ハードルは「アクセルとブレーキの融合」
車に例えると、ブレーキをかけずにアクセルだけ踏んでいれば、スピードは速くなります。でも、ハードルでは10回ブレーキをかけなければいけないのです。「アクセルを踏みつづけると同時に、いかにブレーキによる減速を小さくするか」。アクセルとブレーキの2つの要素で成り立っているのが、ハードル種目の大きな特徴ですね。
私が400mハードルの選手になった理由は、「身長」の面が大きかったからです。というのも、男子110mハードルでは106.7センチ、男子400mハードルでは91.4センチと、それぞれハードルの高さが違うんです。私は身長が170センチと大きい方ではなかったので、400mハードルの方が跳びやすかったのです。
私にとっては、ハードル間の「距離」も大きな要素でした。110mハードルだと、ハードル間の歩数は基本3歩(着地した足は歩数に数えない)ですが、400mハードルではハードル間の距離が長いので、13歩や14歩など自由に選択できるのです。だから、「歩数を減らして大股で行こう」とか「歩数を増やしてピッチを速めていこう」という戦略も立てられる。ストライド型かピッチ型かは人によって違いますね。
レースの後半は疲れが出るので、ハードル間の歩数が増えることが多いですが、どの地点から増やすのかも選手によって違ってきます。私の場合は「5台目まで13歩、次の2台が14歩、残りは15歩」と1歩ずつ増やすパターンでしたね。ただ、これって実は難しいんですよ。奇数歩で跳んでいる間は常に同じ足で踏み切れるのですが、偶数歩になると跳ぶ度に踏みきる足が逆になるからです。それが苦手な選手は、常に奇数で踏み切ることを選ぶので、「13歩→15歩」といったように急に減速を余儀なくされることもありますね。
進化著しい110mハードルの選手たち
足を高速で回転させないといけない110mハードルは、ドラムを叩くのにちょっと近いと思っています。タッタッタッタって片手で叩くより、ダダダダダダって両手で叩くほうがたくさん叩けたり、楽に叩けたりするじゃないですか。素人だと手に力が入ってしまうけど、プロだとうまく楽に叩ける。そんな感じで、110mハードルでも、ある速いリズムをつかむと急に0.5秒とか0.1秒とか速くなったりする世界なんですよね。想像の話にはなりますが、日本選手のレベルが上がったのは、そういうリズムをつかんだ選手が出てきて、切磋琢磨し合ってきたからではないでしょうか。
観戦する上での注目ポイントは、選手が「リズムを守れているか」ですね。速い選手はリズムが守られていてスムーズなんですが、ベテラン選手でもハードルの手前でちょっとブレーキがかかったようにリズムが乱れたりする場合があり、そんなときに周りに抜かれてしまいます。
また、走っていると周りの選手の足音などが聞こえるんですが、ずっといい感じで走ってきたのに、周りのリズムが崩れた音が聞こえて影響を受けてしまい、その瞬間に抜かれてしまった、なんてこともあります。順位が変わったときって、抜いた選手が速いというよりも抜かれた選手がミスしている場合が多いんですよ。ちょっと例えが合っているかどうかわからないのですが、「カラオケで歌っている途中に横から音痴な人が入ってきても、気にせず歌い続けられるような精神力」が必要ですね(笑)。