8年ぶりの9秒台が示す桐生祥秀のリアル かつての「天才スプリンター」から「勝負師」へ

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チーム再建の中心で──リレーメンバー最年長の責任

29歳の桐生は、世代交代が進むリレーチームのまとめ役にもなる 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 男子4×100mリレーにおいて、桐生は最年長の“司令塔”でもある。2016年のリオ五輪では第3走者として銀メダルを獲得。同大会での正確無比なバトンパスと爆発的な加速は、日本短距離界の象徴となった。

 あれから9年。今のリレーチームは世代交代の真っただ中にある。桐生も「誰がどこに入るか、例年以上に読めない」と語るように、メンバー編成は流動的で、完成度にはまだ課題が残るという。

「今回はバトンをやったことない選手や、代表でそこまでやったことない選手が半分ぐらいいるので、少し時間がかかる部分はあると思います」

 そんな中で、桐生は技術面だけでなく精神面でもチームを支えている。若手選手が萎縮しないよう、食事の場などで自然な会話から距離を縮め、信頼関係を築いていこうとしている。

「今回はけっこうシャイな子が多いんで(笑)。いきなり真面目に喋るというより、全員と食事するときにたわいない話から入ろうと思います」

 チームの空気づくりもまた、勝敗を分ける重要なファクターであることを、桐生はよく理解している。自らがかつて先輩に支えられたように、今度はその役割を自然に担っている。

「伝統を守る」ではなく、「勝つチーム」を作る

男子リレーチームの伝統を継承しながら「結果」の重要性を説く 【写真:森田直樹/アフロスポーツ】

 日本男子リレーが世界の舞台でメダルを取っていた時代、それは「伝統」や「絆」といった言葉で語られることが多かった。しかし、桐生の考え方は極めて現実的だ。

「歴代の先輩方のデータがある中で、その伝統を続けようと思っても、結局結果を出さないと、ただのデータになってしまう。最近メダルを取ってないので、メダル獲得というのは、今年は大事になってくるかなと思います」

 ドーハ2019世界陸上以降、日本男子リレーは五輪や世界陸上でメダルに手が届いていない。いくら精緻なバトンワークがあっても、タイムや順位という“結果”がなければ、積み上げてきた歴史も意味を持たない。桐生が見据えているのは、「伝統の継承」ではなく、「今勝つためのチームづくり」だ。

 その中で、彼の存在は象徴的でもあり、実戦的でもある。バトンパスの修正点、スタート位置の調整、若手選手の緊張緩和――全てに目を配りながら、自らも走者として名を連ねる。リーダーシップとパフォーマンスを両立するその姿は、まさに“現役のリレー職人”である。

 迎える東京2025世界陸上。桐生にとっては、リレーでも個人でも、勝負の大会となる。だからこそ、彼の姿勢はぶれない。派手なパフォーマンスではなく、1日1日の積み重ねを大切にする。地元の声援を追い風に、自らの価値を再び示すため、100mとリレーを走り抜けようとしている。

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