寺地拳四朗が試合前にアイスクリームを食べる理由と恩師への思い まさかの王座陥落も現役続行に心を固める

船橋真二郎

奈良朱雀高校時代の恩師で寺地拳四朗(左)の基礎を築いた高見公明監督と 【写真提供:寺地拳四朗】

 試合の前夜、寺地拳四朗(BMB)は必ずアイスクリームを食べる。2014年8月3日のプロデビュー戦以来、1回も欠かしたことはない。

「どの試合だったか、覚えていない」が、深夜になって、食べ忘れたことに気づいて、コンビニに買いに行き、「食べたくなかったのに無理やり食べた(笑)」こともあったという。

 もちろん、この7月30日、1-2の判定で敗れたリカルド・サンドバル(アメリカ)戦の前の晩も食べた。

「今回は抹茶のいいやつが出てたんで。ハーゲンダッツの期間限定系です」

 基本はバニラだが、最近は期間限定の味から食べたいものを選ぶ。

 ルーツは奈良朱雀高校時代。恩師の高見公明(たかみ・ひろあき)監督が試合直前の計量後、もしくは試合前日の夜、ハーゲンダッツのバニラアイスクリームを選手たちに食べさせてくれた。

「なんでなのかは分からないんですけどね(笑)。いつか聞いてみてください。今でもやってるのかな?」

 その話を初めて聞いたのは第1期WBC世界ライトフライ級王者時代だったから、もう5年以上前になる。が、ここ1、2年、この試合前のルーティンについて、何度か話したことがあった。

 猛暑の8月半ば、寺地との約束をようやく果たすことができた。アマチュアの名選手であり、名指導者の高見監督を奈良・王寺町の王寺工業高校に訪ね、ライトフライ級、フライ級で世界2団体統一を成し遂げた教え子について聞いた。

 アイスクリームは寺地拳四朗の強さを象徴するものであり、思いがけないアマチュアの名選手にも連なるものだった。

具志堅用高のアイスクリームとの共通点

7月30日、横浜BUNTAIで臨んだサンドバル戦。前評判では圧倒的優位だった寺地はまさかの王座陥落 【写真:共同】

 まさかの王座陥落だった。本来なら、WBC、WBA世界フライ級統一王者として防衛を果たし、キャリアの最終盤へと向かう寺地の原点をアイスクリームからたどるつもりだったのだが。

 ボクサーに関する数々の著作でも知られるノンフィクション作家、故・佐瀬稔さんの『敗れてもなお』(世界文化社)に『友の名は恐怖』という作品が収録されている。

 その中に《小さなカップに入ったアイスクリーム》を計量直後(当時は当日計量)に食べることを常としていた元WBA世界ライトフライ級王者、具志堅用高のエピソードが出てくる。

 具志堅と言えば、世界王座13連続防衛の日本記録。その13度目の防衛戦、苦闘の末にペドロ・フローレス(メキシコ)を判定で退けた試合後に嘔吐する。だから故郷・沖縄での次戦、フローレスとの再戦となるV14戦では《そんなものを試合当日に腹に入れたのがいけなかったのだ》と協栄ジムのマネージャーに《大事な大事なアイスクリーム》を取り上げられるのだった。

 結果は12回KO負け。4年5カ月もの間、守り抜いてきたタイトルを失うことになったのは《いつもの時間(計量直後)にアイスクリームを食べなかったため、体から糖分と水分が抜けたからだ》と具志堅は信じているという話。

 計り知れないプレッシャーと恐怖の中、戦いに臨む世界チャンピオンの心の拠り所、あるいは祈りのような信念である。

 寺地の場合、アイスクリームを食べられなかったわけではない。新型コロナウイルスに感染し、重度の症状を発症するも10日あまりの延期で敢行した地元・京都での9度目の防衛戦、10回TKOでプロ初黒星を喫し、WBC世界ライトフライ級王座を明け渡した矢吹正道(緑)戦の前も食べた。

「もう習慣みたいな感じ。むしろ、楽しみですからね(笑)」とは、いかにも彼らしいのだが、試合を翌日に控えた深夜、駆り立てられるようにしてアイスクリームを買いに出かけた心境こそ、推して知るべしだろう。

「(大会中は連日の)減量なんかで疲れも溜まってくるんで。アイスクリームは甘いし、栄養価も高いですから。計量後か、試合の前日、みんなに食べさせてましたね」

 今でも寺地が試合前のアイスクリームを続けていると伝えると、8月で65歳になった高見監督は微笑ましげな笑顔を浮かべ、懐かしそうに話してくれた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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