【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

新スタジアムは地域経済に何をもたらしたのか? 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(29)

宇都宮徹壱
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか? そしてなぜ、20年以上の歳月を要することとなったのか? 終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、平和都市・ヒロシマにおける、知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)

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試合がない平日のエディオンピースウイング広島(Eピース)で鷹匠に遭遇。カラスやハトに巣を作らせない、メンテナンスの一環と聞いて納得する 【宇都宮徹壱】

年間入場者数130万人の半数近くがサッカー観戦以外

 週末のホームゲームから2日後の火曜日、インタビュー取材でエディオンピースウィング広島(Eピース)を訪れた。その日、サンフレッチェ広島のオフィスで取材したのは、事業本部スタジアムビジネス部部長の森重圭史。インタビュー後、ピッチを背景に撮影していると、猛禽類を腕に乗せた男性の姿がいきなり視界に入ってきた。

 何と、鷹匠(たかじょう)である。一瞬、頭が混乱した。なぜ、街なかスタジアムに鷹匠がいるのか。

 実はEピースでは、メンテナンスの一環として定期的に鷹を飛ばしている。理由は、カラスやハトに巣を作らせないためだ。これら害鳥による糞害は、スタジアムにとって死活問題。そこで、食物連鎖の頂点である鷹を飛ばすことで、カラスやハトにプレッシャーを与えているのだという。

 最新鋭のスタジアムでも、古墳時代からの伝統技能が活かされている。その事実に、なんとも名状しがたい感銘を覚えてしまうのは、私だけではないだろう。

 試合がない平日でも、Eピースを訪れるとさまざまな発見がある。人数こそ限られているものの、スタジアムを訪れる人が一定数いるからだ。この週でいえば、月曜日にバックスタンドの一部が一般公開され、火曜日にはスタジアムツアーが行われていた。試合日以外でも、市民が楽しめるような工夫がなされている。

「おっしゃるとおり、このスタジアムは試合がない日でも人を集めることを重視しています。昨年(2024年)は130万人に訪れていただきましたが、そのうち半数近くがサッカー観戦以外の数字なんです」

 開業以来のEピースについて、さまざまな数字を頭に入れている森重が、誇らしげにそう語る。より詳細な数字を見ていくと、130万人のうちサッカー観戦者は66万7000人、サッカー観戦者以外は63万3000人である。

「街なかにスタジアムを作っても、サッカーは試合数が少ないから採算が合わない」――。会長の久保允誉をはじめ、サンフレッチェ広島の関係者は、これまで何度も反対派や懐疑派から、こうした疑義を投げかけられてきた。そうした「常識」を覆してきたところに、Eピースの革新的な価値を見る思いがする。

 果たして街なかスタジアムの建設は、サンフレッチェ広島の経営に、そして地域経済に、どのような効果をもたらしたのだろうか。森重への取材から探っていく。

年商100億円クラブへの夢と1試合11億円の経済効果

サンフレッチェ広島の事業本部スタジアムビジネス部部長、森重圭史。Eピースに関する数字はすべて頭に入っている。ちなみにFC東京の森重真人は甥 【宇都宮徹壱】

 Eピース効果について端的にまとめた記事が、2025年3月10日に『ITmedia ビジネスオンライン』にて掲載された。話の前提として引用させていただく(いずれのデータも2024年11月末時点での数字)。

・昨年11月末までに目標を上回る約118万人が来場
・リーグのホームゲーム入場者数は48万6579人(平均2万5609人)
・収容人数2万8520人に対して、収容率は90.3%でリーグトップ
・2024年の売り上げは前年の約42億円から約78億円と大幅に増え、過去最高を更新
・昨年のホームゲーム19試合のうち、18試合でチケットが完売
・唯一完売しなかった試合は水曜日のナイターだったが、それでも2万2774人(収容率79.8%)
・スタジアムグルメの売上高(約4.4億円)、オフィシャルグッズ販売高(9.4億円)も過去最高を更新
・グッズではペンライトや広島特産品、タオルマフラーが人気の上位を占めた
・クラブ会員数は2024年度に約7万3000人(前年比277%増)の見込み
・今季のシーズンチケットも2025年2月末時点でほぼ完売の状況

 とりわけ注目すべきは、売上が前年の約42億円から約78億円へと過去最高を記録したことだ。近い将来には100億円の大台も見えてくるわけで、現社長の久保雅義も就任の際に「2030年に100億円を目指せるクラブにしたい」と鼻息が荒い。

 もっとも、クラブ単体が潤えばよい、という話ではない。サンフレッチェでは、地域経済への波及効果にも注目。クラブから依頼を受けた、広島経済大学の調査によれば、1試合あたりおよそ11億円の経済効果をもたらしているという。森重の解説を聞こう。

「この数字は試合当日の前後で、スタジアム周辺の商業施設や飲食店などで消費された金額を指します。直接的には、チケットやグッズやスタジアムグルメなど、スタジアムやクラブの売上に関わるもの。間接的には、地域の飲食店、交通機関、宿泊施設などで発生する消費が含まれています。この11億円という数字は、あくまで試合開催日のみの経済効果で、試合がない日は含まれていません」

 前出したデータにもあるように、昨シーズンの平均収容率はJ1トップの90.3%。試合数が増えない限り、これ以上の伸びしろは期待できそうにない。そこで可能性を感じさせるのが、WEリーグに所属するサンフレッチェ広島レジーナの存在。「これは私の担当領域とは少し異なりますが」と断った上で、森重はこう続ける。

「レジーナの選手たちによる『1万人プロジェクト』では、選手が中心となって地域に出向き、パートナー企業や地域の皆さんと交流する取り組みを続けてきました。その結果、2万人を超える入場者数を記録できました。試合当日も非常に高い着券率を記録しましたし、NHKをはじめ多くのTV局にも取材していただきました。こうした積み重ねによって、今後はWEリーグでの売上アップも期待できるかもしれません」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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