設計者が語るエディオンピースウイング広島の斬新さ 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(27)
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スタジアムが都市景観の一部となるために
エディオンピースウイング広島(Eピース)の設計者に話を聞く機会を得た。大成建設の設計本部設計部長、伊藤真樹は1967年生まれで広島出身。一級建築士であり、フットサル2級審判インストラクター、日本ソサイチ連盟テクニカルアドバイザーという意外な肩書を持つサッカーファンでもある。
「今だったら絶対無理」なスケジュールとなったのは、2024年のJ1開幕に間に合わせるためであった。締め切り以外にも、サンフレッチェ広島のスタジアムパーク準備室室長、信江雅美からは2つの要件を強く求められた。すなわち「街なかスタジアム」と「街のシンボル」である。
「これまでのサッカー専用スタジアムって、埼玉スタジアム2002とか豊田スタジアムとかパナソニックスタジアム吹田とか、いずれも郊外型なんですよ。試合に集中できる環境としては、クローズドな空間でもいい。でも『街なかスタジアム』となると、閉じた空間にすべきではない。その一方で『街のシンボル』として、都市景観の一部となることがすごく重要。そういったところから設計がスタートしました」
Eピースで特徴的なのは、平和の象徴である鳩の翼をイメージした、独特のフォルムを有した屋根である。そして南側スタンド(ホームゴール裏)の屋根には「抜け」があり、その向こう側には広島の山々が見える。屋根を囲って閉じるのではなく、周辺の景色を取り込んだ設計となっているのが特徴的だ。
そしてもうひとつ、都市景観の一部となるために、さまざまな配慮が施されている。
「ひろしまゲートパークから来場される方には、スポーツの躍動感が感じられるような見え方になっています。けれども川を挟んだ平和記念公園側から見ると、原爆ドームをはじめとする景観を邪魔しない見え方になっている。やはり鎮魂の場所ですから、正面性を持った水平的で静的なイメージを心がけました」
騒音問題の解決とピッチを囲むコンコース
「あのツアーには、信江さんも参加されていて、そこで初めてお会いしているんですよ。その時に訪れた、フランスのボルドーのスタジアム(ヌーヴォ・スタッド・ド・ボルドー)。ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品なんですけど、遠目から見ると街のシンボルみたいな強烈なインパクトがあって、それでいて都市景観の一部になっている。そうしたイメージは、僕と信江さんとの間で共有できていました」
広島出身の伊藤が着目したのは、市内を流れる7本の川。とりわけ、川向うに佇むスタジアムのフォルムと、川の水面(みなも)への映り込みを重視した。
「広島の特徴を端的に言えば、川がたくさんあることです。街なかスタジアムだと、ビルの谷間に埋没しがちなんですけど、広島は川があるおかげで『引いて見せる』ことができます。しかも、すぐ近くに旧太田川(本川)があります。試合がない日の夜は、低層部の外壁に色温度の低い温かみのある照明を当てることで、景観の一部に溶け込むような工夫もしているんですよ」
設計ではビジュアルだけではなく、音に関しても留意しなくてはならない。とりわけEピースの場合、近隣に基町アパートがあるため、そのための対策についても、住民と協議を重ねながら最適解を模索することとなった。そこで得た結論は、北側(ビジターのゴール裏)の屋根の「抜け」を塞ぐことであった。
「実はコンペの時には、コーナーの4カ所を抜けにしていたんです。けれども北側には基町アパートがあるので、ダイレクトに音が抜けるとかなり騒がしくなってしまう。ですので、基町アパートでの説明会で『北側の2カ所は塞ぎます』と申し上げたら、そこで納得していただいた方もけっこういらっしゃいました」
周囲との環境の調和を意識する一方で、当然ながらサンフレッチェの要望にも伊藤は真摯に応えている。
「信江さんが強調されていたのが、初めて来場されたお客さんが『なんか楽しかったね』『次もまた来てみたいね』と思えるような体験をさせてほしい、ということでした。もちろん、コアなサポーターへのホスピタリティは必要ですが、より手厚くすべきは新規のお客さんであると、何度となく主張されていましたね」
結果として生まれたのが、ピッチをぐるりと囲むコンコース。信江がアメリカで視察中に感銘を受けた、アリアンツ・フィールドでの集客のヒントの数々は、Eピースでも見事に再現されることとなる。
ちなみに MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島でも、360度のコンコースは採用されているため、サッカーに馴染みのない市民にも違和感なく受け入れられた。