【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

設計者が語るエディオンピースウイング広島の斬新さ 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(27)

宇都宮徹壱
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか? そしてなぜ、20年以上の歳月を要することとなったのか? 終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、平和都市・ヒロシマにおける、知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)

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エディオンピースウイング広島(Eピース)の設計を担当した、大成建設の設計本部設計部長、伊藤真樹。フットサル2級審判インストラクターの肩書も持つ 【宇都宮徹壱】

スタジアムが都市景観の一部となるために

「われわれがコンペで選定されたのが2021年の4月。契約までに2カ月、その年の6月に設計がスタートしました。設計に8カ月、着工から竣工まで22カ月。設計と施工で30カ月というのは、業界的には驚異ですよ。設計だけでも1年半はかかるくらいの内容でしたから。今だったら絶対に無理。働き方ひとつとっても、いろいろと規制がありますから」

 エディオンピースウイング広島(Eピース)の設計者に話を聞く機会を得た。大成建設の設計本部設計部長、伊藤真樹は1967年生まれで広島出身。一級建築士であり、フットサル2級審判インストラクター、日本ソサイチ連盟テクニカルアドバイザーという意外な肩書を持つサッカーファンでもある。

「今だったら絶対無理」なスケジュールとなったのは、2024年のJ1開幕に間に合わせるためであった。締め切り以外にも、サンフレッチェ広島のスタジアムパーク準備室室長、信江雅美からは2つの要件を強く求められた。すなわち「街なかスタジアム」と「街のシンボル」である。

「これまでのサッカー専用スタジアムって、埼玉スタジアム2002とか豊田スタジアムとかパナソニックスタジアム吹田とか、いずれも郊外型なんですよ。試合に集中できる環境としては、クローズドな空間でもいい。でも『街なかスタジアム』となると、閉じた空間にすべきではない。その一方で『街のシンボル』として、都市景観の一部となることがすごく重要。そういったところから設計がスタートしました」

 Eピースで特徴的なのは、平和の象徴である鳩の翼をイメージした、独特のフォルムを有した屋根である。そして南側スタンド(ホームゴール裏)の屋根には「抜け」があり、その向こう側には広島の山々が見える。屋根を囲って閉じるのではなく、周辺の景色を取り込んだ設計となっているのが特徴的だ。

 そしてもうひとつ、都市景観の一部となるために、さまざまな配慮が施されている。

「ひろしまゲートパークから来場される方には、スポーツの躍動感が感じられるような見え方になっています。けれども川を挟んだ平和記念公園側から見ると、原爆ドームをはじめとする景観を邪魔しない見え方になっている。やはり鎮魂の場所ですから、正面性を持った水平的で静的なイメージを心がけました」

騒音問題の解決とピッチを囲むコンコース

旧太田川(本川)に映り込んだ夜のEピース。スタジアムの設計には、街のシンボルでありながら、周囲の風景に溶け込ませるための工夫が施されている 【宇都宮徹壱】

 街のシンボルでありながら、周囲の風景に違和感なく溶け込ませる。この相反する条件を満たす設計は、どのようにして生まれたのであろうか。伊藤が語ったのは、2017年にJリーグが主催した。ヨーロッパのスタジアム視察に参加した時の経験であった。

「あのツアーには、信江さんも参加されていて、そこで初めてお会いしているんですよ。その時に訪れた、フランスのボルドーのスタジアム(ヌーヴォ・スタッド・ド・ボルドー)。ヘルツォーク&ド・ムーロンの作品なんですけど、遠目から見ると街のシンボルみたいな強烈なインパクトがあって、それでいて都市景観の一部になっている。そうしたイメージは、僕と信江さんとの間で共有できていました」

 広島出身の伊藤が着目したのは、市内を流れる7本の川。とりわけ、川向うに佇むスタジアムのフォルムと、川の水面(みなも)への映り込みを重視した。

「広島の特徴を端的に言えば、川がたくさんあることです。街なかスタジアムだと、ビルの谷間に埋没しがちなんですけど、広島は川があるおかげで『引いて見せる』ことができます。しかも、すぐ近くに旧太田川(本川)があります。試合がない日の夜は、低層部の外壁に色温度の低い温かみのある照明を当てることで、景観の一部に溶け込むような工夫もしているんですよ」

 設計ではビジュアルだけではなく、音に関しても留意しなくてはならない。とりわけEピースの場合、近隣に基町アパートがあるため、そのための対策についても、住民と協議を重ねながら最適解を模索することとなった。そこで得た結論は、北側(ビジターのゴール裏)の屋根の「抜け」を塞ぐことであった。

「実はコンペの時には、コーナーの4カ所を抜けにしていたんです。けれども北側には基町アパートがあるので、ダイレクトに音が抜けるとかなり騒がしくなってしまう。ですので、基町アパートでの説明会で『北側の2カ所は塞ぎます』と申し上げたら、そこで納得していただいた方もけっこういらっしゃいました」

 周囲との環境の調和を意識する一方で、当然ながらサンフレッチェの要望にも伊藤は真摯に応えている。

「信江さんが強調されていたのが、初めて来場されたお客さんが『なんか楽しかったね』『次もまた来てみたいね』と思えるような体験をさせてほしい、ということでした。もちろん、コアなサポーターへのホスピタリティは必要ですが、より手厚くすべきは新規のお客さんであると、何度となく主張されていましたね」

 結果として生まれたのが、ピッチをぐるりと囲むコンコース。信江がアメリカで視察中に感銘を受けた、アリアンツ・フィールドでの集客のヒントの数々は、Eピースでも見事に再現されることとなる。

 ちなみに MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島でも、360度のコンコースは採用されているため、サッカーに馴染みのない市民にも違和感なく受け入れられた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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