【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

新スタジアムのヒントは欧州ではなくMLSにあり! 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(25)

宇都宮徹壱
日本初の「街なかサッカースタジアム」はなぜ、広島に誕生したのか? そしてなぜ、20年以上の歳月を要することとなったのか? 終戦と原爆投下から80年となる2025年8月、平和都市・ヒロシマにおける、知られざるスタジアム建設までのストーリーを連日公開(全30回)

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サンフレッチェ広島のスタジアムパーク準備室室長だった信江雅美。サッカーも建築も縁がなかった彼がなぜ、スタジアム建設の牽引役となったのか? 【提供:信江雅美】

サッカーの接点がなかったスタジアムパーク準備室室長

「久保(允誉)会長から言われたのは『街なかのスタジアムをぜひ実現したい』ということでした。とはいえ、スタジアムに関する経験は、それまでまったくなかったですね。(エディオンの)大型店舗を作るようなプロジェクトはありましたけれど、あくまでも経営企画部として、店舗の建設や開発のサポート役で関わっていました」

 エディオンピースウイング広島(Eピース)に関する取材では、さまざまな場面で意外性に満ちた人たちと出会ってきた。サンフレッチェ広島で、スタジアムパーク準備室室長の重責を担った信江雅美も、そんなひとりである。

 信江は1961年生まれの岡山出身で、立命館大学経済学部卒。株式会社ダイイチ(現・エディオン)入社後、経営企画部長、営業戦略部長、社長室長などを経て、2015年11月より株式会社サンフレッチェ広島に出向している。

 ここまで、サッカーとの接点はほぼゼロ。プロサッカークラブで働くことについては、当人も「予想外でした」と語る。加えて、いきなりのスタジアム建設の責任者。プレッシャーはありましたか、と尋ねると、当人は「ぜんぜん」と即答して、こう続ける。

「私はわりと新しいことが好きなので、むしろワクワクしました。スタジアムの建設って、住宅や商業施設と違って、それほど数は多くないわけですよ。ですので、まずは国内のスタジアムをいろいろ視察して、それからスタジアム建設に関わった方々にお話を伺いました。内容についても、単に建築のことだけでなく、ファイナンスや運営などさまざまです。ですから、ひとつひとつが勉強でしたね」

 信江を抜擢した会長の久保が、経営企画部長時代の仕事ぶりを間近で見て評価したのは間違いない。だが、久保が何より重視したのは「サッカーへの知見」ではなく、「消費者への眼差し」であった。それは、スタジアムづくりに関して「まず何を考えたか」という質問に対する、当人の答えからも明らかだ。

「それは『週末をどう過ごすか』ということですね。ショッピングするとか、海水浴に行くとか、自宅でゴロゴロするとか(笑)、さまざまな選択肢があるわけです。そうした中で『スタジアムでのサッカー観戦』というものが、どういう位置づけなのか。どうすれば、ショッピングでも海水浴でも自宅でゴロゴロでもなく、スタジアムに来ていただけるのか。それをイチから考えていく作業が、まずあったわけです」

目的は「満員のスタジアムをつくること」

ブンデスリーガ1部、ヴェルダー・ブレーメンのホームゲーム。サッカー文化が根付いた欧州は、観戦文化も客層も日本とはまったく異なる 【宇都宮徹壱】

 信江が出向した2015年11月といえば、サンフレッチェがJ1で3回目の優勝を果たす直前であり、新スタジアムに関しては「宇品案が優勢」とされていたタイミングである。

 信江の強みについて、会長の久保は「仕事に対する執念としぶとさ、そして情報収集能力と交渉能力の高さ」を挙げている。もっとも、そうした強みが最大限に発揮されるのは、中央公園が第3の案として浮上した、2016年9月14日以降のこと。その間、信江はスタジアムに関する、さまざまな情報を貪欲に摂取し続けていた。

 そのひとつが、海外でのスタジアム視察。Jリーグが主催した、2017年の欧州視察に信江が参加したことはすでに述べたが、サンフレッチェでも独自の視察ツアーを開催しており、信江は大いに見聞を広めることとなった。

「最初は、ヨーロッパのスタジアムを視察していました。イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、オランダ。スペインはコロナ禍になってしまって、行っていませんが。言うまでもなく、どこに行っても素晴らしいスタジアムと出会うことができました。けれども、私どもの目的は『満員のスタジアムをつくること』。そうして考えた時、このままヨーロッパのスタイルを持ち込むのが正しいのか、と考えるようになりました」

 信江がそう考えるのも、無理からぬことであった。ヨーロッパはサッカーが文化として定着しており、他のスポーツや娯楽と比べてプライオリティも高い。国によって多少の違いはあるものの、人気クラブのホームゲームではスタジアムは常に満員となる。

 これに対してサンフレッチェの場合、J1で3回優勝していたとはいえ、広島にサッカーが定着しているとは言い難い状況。そもそもカープという絶対的な存在がある中、サッカーで「満員のスタジアムをつくること」は、決して容易なことではなかった。

 もうひとつ、信江が重視していたのが、新規の観客がリピーターとなること。「点が入りにくいサッカーの試合に、初めて観戦したお客様が楽しめるかどうかについても考える必要がありました」と語り、こうつづける。

「スコアレスドローに終わったとして、普段からサッカーを観ている方であれば『ここでの勝ち点1は大きいよね』みたいな話ができると思うんです。けれども、初めてサッカーを観戦に来られた方は、必ずしもそうではないですよね。試合に負けたり、ノーゴールだったりしても『また来たい』と思っていただくためには、果たして何が必要なのか。そのことをずっと考えていました」

 そのヒントはヨーロッパではなく、まったく逆の方向からもたらされることとなった。なんと、アメリカである。

「きっかけは、MLSがJリーグの平均入場者数を抜いた、という記事を見つけたことでした。それまでのアメリカのイメージって、まず4大スポーツがあって、サッカーは厳しいだろうと思っていたんです。ところが、どうやらそうではないと。それで2019年の6月、今度はアメリカに視察に行くことにしたんです」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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