去り行く北京五輪世代の矜持と未来

予選未出場から北京へ…その背景にあった豊田陽平の逆算プラン【去り行く北京五輪世代の矜持と未来(5)】

吉田治良

北京五輪における反町ジャパン唯一のゴールは、豊田の右足からもたらされたものだった 【写真:アフロスポーツ】

評論家からは「たまたま」と酷評

 2008年8月10日、中国・天津オリンピックセンタースタジアムーー。後半途中から降り出した雨が、ぬかるんだピッチを激しく叩く。地元・中国のファンでほぼ満員に埋まったスタンドは、明らかにナイジェリアびいきだ。そんな劣悪な環境の中、64分から投入されていた豊田陽平は白いセカンドユニホームにまとわりつく雨と汗を気にも留めず、虎視眈々とワンチャンスを狙っていた。

 2点のリードを許して迎えた79分、相手GKのキックミスを拾った谷口博之のパスにオフサイドラインぎりぎりで抜け出した背番号9が、ワントラップから倒れ込むようにしてゴール左へシュートを流し込む。北京五輪のグループリーグ第2戦、これが今大会3戦全敗に終わった反町ジャパンの唯一のゴールとなった。

「あらためて映像を見返すと、どう見てもオフサイドですね」

 そう言って笑う、ほぼひと月前に不惑を迎えた豊田は、鳥栖市内にあるサガン鳥栖のクラブオフィスにいた。応接室の窓の外は、靄がかかったように煙っている。2連敗で早々と決勝トーナメント進出の可能性を断たれたあのナイジェリア戦のように、ゴールデンウイークが明けて間もないこの日、九州北部地方は雷を伴う豪雨に見舞われていた。

「評論家には『テンポが遅い』『たまたま』なんて言われましたけど、僕的にはわざとテンポをずらして打ったシュートで、あのタイミングでなければあのコースには飛ばなかった。結局、負けてしまえばゴールを決めてもあんな言われ方をするし、オリンピックのゴールがその後のキャリアに大きな影響を与えたわけでもなかったんです」

評価は必ずひっくり返せる

北京五輪世代について「少し大人しい年長組がエネルギッシュな下の代を優しく包み込むようなグループだった」と振り返る 【YOJI-GEN】

 24年シーズンを最後に、地元のツエーゲン金沢で引退した豊田は、J2時代も含めて足掛け12シーズン在籍し、大きく飛躍を遂げた古巣の鳥栖に、今年2月から「クラブ・コンダクター」として舞い戻っていた。トップチームの選手へのアドバイス、ファン層の拡大から獲得候補選手のリクルーティングまで、その役割は多岐に及ぶ。

「僕なんてもう過去の人間ですから(笑)、どれだけの影響力を与えられるか分かりませんが、昨シーズンにJ2に落ちてしまったクラブのために、何か助けになれればと思っています」

 そう話す表情は、どこか尖った印象のあった現役時代とはまったく別人のように柔らかかった。しっかりと事前の準備もしてくれていたのだろう。パソコンの画面を見ながら、あふれ出すように言葉を紡ぎ、北京五輪世代について語り始める。

「1985年生まれの僕たちの代は、ちょうど運よく最上級生として北京オリンピックに出場できた。もちろん下の世代も含めて北京五輪世代と括られていますが、“自分たちの世代”という感覚が強いですね」

 ただし、豊田はこの世代の主流ではなかった。同学年には平山相太やカレン・ロバートなど、高校時代から名を馳せたストライカーがひしめくなかで、「U-18日本代表にはかすりもしなかった」という。星稜高から04年に名古屋グランパスに入団後は徐々にU-19やU-20の代表に絡み始めるが、目標にしていた05年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)のメンバーには選ばれなかった。

 しかし、この悔しさから豊田の“逆算のキャリアプラン”はスタートする。

「次は北京オリンピックに照準を合わせて、そこにたどり着くにはどうすべきかを逆算して考えました。ユース世代の代表にずっと選ばれていた選手たちは、僕からすれば雲の上の存在でしたが、そこで卑屈になるのではなく、同時期にプロに入って同じスタートラインに立っているのだから、ここからJリーグでより多くの試合に出て、選手としての価値を上げていけば、評価はひっくり返せるという感覚でいましたね」

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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