去り行く北京五輪世代の矜持と未来

古巣・千葉戦で起きた悲劇、消え失せたスピードという武器【去り行く北京五輪世代の矜持と未来(4)】

吉田治良

2シーズン半にわたって在籍したセルティックでは、公式戦12試合出場1ゴールに終わった 【Photo by AMA/Corbis via Getty Images】

コンディションは6~7割だったが…

「言い方は悪いですけど、膝のコンディション調整で日本に帰ってきたんです」

 いわてグルージャ盛岡のGM兼強化部長、水野晃樹はこちらの目を真っすぐに見て、15年前のJリーグ復帰の真相を語り始めた。

「当時はまだ25歳くらいでしたし、Jリーグで活躍してから、もう一度海外へというプランは、代理人とも話していました」

 スコットランドのセルティックを退団し、2010年夏に日本へと戻った当時の心境を、偽りなくそう吐露する。復帰先はJ2の柏レイソル。もちろん古巣のジェフユナイテッド千葉に戻りたかったが、すでにA契約選手の人数がオーバーしていた。

 アクシデントに見舞われるのは、国内復帰戦となった10年7月25日、奇しくも対戦相手は古巣の千葉だった。セルティック時代に痛めた膝のコンディションは「まだ6~7割程度」だったが、柏のネルシーニョ監督はこの試合で水野をベンチに入れ、終了間際の84分にピッチへ送り出すのだ。

「やった瞬間の衝撃は覚えています。ただ、脚はピンと伸びなかったけれど、スプリントもできたし、そんなに大きな怪我だとは思いもしなくて。ちょっと痛いからって止めるのは、自分のなかではありえない。結局、最後までプレーしましたし、なんなら翌日の練習試合にも痛みがなければ出るつもりでいましたからね」

 だが、その後みるみるうちに右足は腫れ上がる。診断結果は右膝の前十字靭帯断裂、全治6カ月の重傷だった。そしてここから、流転のサッカー人生が始まる。柏に3シーズン在籍した後は、ヴァンフォーレ甲府、千葉への復帰を経て、ベガルタ仙台、サガン鳥栖、ロアッソ熊本、そしてSC相模原……Jクラブを転々とした。その間も怪我に悩まされ、パフォーマンスは安定しない。代表復帰など口にできる状況ではなかった。

もうひと花って、常に思っていた

一時期は社会人リーグでのプレーを余儀なくされたが、最後はJリーガーに復帰し、岩手の地でスパイクを脱いだ 【(C)J.LEAGUE】

「前十字をやった後はスピードという特徴が消えちゃって……。スピードとキックが武器だったのに、キックだけになってしまった。そこからどうプレースタイルを変えれば生き残っていけるのか、常に模索しながらやっていましたね。でも、その頃にはもう、『自分は代表レベルではない』って、理解していたのかもしれませんね」

 それでも、水野は現役にこだわり続けた。21年にたどり着いたのは、神奈川県リーグのはやぶさイレブン(現厚木はやぶさFC/関東リーグ)。「社会人リーグでもサッカーができる環境があるなら続ければいい」と、背中を押したのは妻だった。

「相模原での最後のシーズンは1試合も出られませんでしたし、そこで引退しようかと思っていたんです。正直、貯金も底を突いていましたからね(苦笑)。契約満了を食らうと、そのたびに50パーセント近く年俸がダウンするうえに、翌年には税金でごっそり持っていかれてしまう。子どもも大きくなって、これからさらにお金がかかるし、本当にどうしようもない状況なのに、妻はそう言ってくれて……。それで続けていったからこそ、最後は再びJリーグ(岩手)に戻ることができたんです」

「膝の手術5回、契約満了6回、紆余曲折、波乱万丈」、である。

「まあ、なかなかないキャリアだと思いますよ(笑)。ただ、僕は逆境に強いというか、追い込まれたときのほうがパワーは出るんです。日本に帰ってからはずっと右肩下がりで、応援してくれる人たちにもう一度プレーで恩返ししたいのにできない苦しさも味わいましたけど、30代に入ってからももうひと花って、引退するまで常に思っていました。試合に出られなかったとき、誰よりも悔しがっていたのは僕だったし、そういう気持ちがなければとっくに引退していましたよ」

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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