【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話

サンフレッチェ広島の社長が市長選に出馬した理由 【8月集中連載】広島“街なかスタジアム”誕生秘話(22)

宇都宮徹壱

「ワンイシュー」ではなかった小谷野候補と3回目の優勝

2012年、13年につづいて15年に3回目となるJ1優勝を果たしたサンフレッチェ。このシーズンは、いわゆる「2ステージ制」での決着となった 【写真:アフロスポーツ】

 広島に地縁のなかった小谷野が、本当に自身の意思だけで市長選に立候補を決意したのだろうか? 会長である久保の意思は、本当に皆無だったのだろうか?

 この件について久保に確認してみたところ、直接的な明言は避けたものの、小谷野の立候補に端を発するハレーションがあったことは認めた。

「いろんな人から『小谷野さんに降りるように言ってください』と頼まれましたね。中には(現職の)松井さんに(スタジアム建設を)公約させるから、なんて話も出てきましたけれど。いやいや、そういう問題じゃないんだと」

 2011年に広島市長となった松井一實にとっては、4年間の市政の成否が問われる2015年の市長選。そこに(いくら小谷野個人の決断とはいえ)、サンフレッチェの前社長が対抗馬となれば、これまでクラブを支援してきた市(長)に「弓を引いた」と受け止められるのは必定であった。

 地元の政治家とも、幅広く付き合いのある久保が、そのことに無知であるはずもない。それでもサンフレッチェの会長は、自身が任命した前社長が、自ら職を辞して市長選に立候補することを認めた。この決断、どう見るべきなのだろう――。

 2015年4月12日に実施された、第18回統一地方選・広島市長選挙の結果は、現職の松井が全体の70.6%となる27万5773票で再選。小谷野は2位に食い込んだものの、18%の7万116票で落選した。当人は「できれば15万票、少なくとも12万票は獲得したかった」としながらも、それとは別に悔やまれることがあったという。

「僕が立候補したのは、前年(2014年)の土砂災害(平成26年8月豪雨)での市の対応に危機感を抱いたからでした。広島市中心部の公共施設の老朽化も、それ以前から問題になっていて、コンパクトシティを実現させたいという思いが募るようになっていました。つまり、スタジアム問題だけのシングルイシューではなかったんです。でも、地元メディアにそのように扱われたことは、今でも残念に思っています」

 クラブ社長の職を辞して、落選した小谷野に対して久保は「残念な結果になったけれども一石は投じたね。ご苦労さんでした」と語ったそうだ。

 市長選があった2015年、サンフレッチェ広島は3度目のJ1優勝を果たしているが、こと新スタジアムに関しては、まだまだ予断を許さない状況がつづいていた。

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※文中敬称略

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)。宇都宮徹壱ブックライター塾(徹壱塾)塾長。

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