メジャー覇者の山下美夢有 “家族”という最強のチームの存在

北村収

右から父・勝臣さん、母・有貴さん、山下、妹・蘭さん、キャディ・ジョンベネットさん 【北村収】

 全英(AIG)女子オープンでメジャー初優勝を果たした山下美夢有が、表彰式のスピーチで最初に口にしたのは感謝の言葉だった。

「ここまで支えてくださった方々、特に家族には一番近くで支えてもらいました」

表彰式の山下美夢有 【Photo by Luke Walker/Getty Images】

 表彰式の直後、父でコーチの勝臣(まさおみ)さんと母の有貴さんに話を聞く機会があった。「74」とスコアを崩してしまった3日目からどのように立て直したのか?そして普段の山下などについて話を聞いた。

優勝前夜は誕生日の食事、そして深夜会議

 大会3日目となる8月2日(土)は山下の24歳の誕生日だった。最終組だった山下のラウンドが終わり、英国のテレビ局「BBC」などのインタビュー対応などが終わったのが19時頃となった。この3日目はショットが曲がるようになっていたため、山下は練習場に直行して調整を行った(英国は現在21時くらいまで明るい)。

「その後、21時半くらいから誕生日のご飯食べたんですよ」と優勝前夜の様子を話してくれたのは父でコーチの勝臣さん。「帰ってきて、深夜の12時半くらいから部屋で、ああでもない、こうでもない」とスイングについての調整を続けたという。

翌日の朝に頭(軸)が動いていたことに気づき修正

 そして迎えた翌日最終日、「練習場では10球くらい打っても直らなかったが、頭(軸)が動いていたとこが分かり(本人は動かないようにやっているつもりだが)、それを修正してショットが良くなった。いつもウェッジ、9番、7番と練習をしていくが、7番くらいで気づいて調整できて良かったです」とショットが良くなった要因を明かしてくれた。

 最終ラウンドでは、前日のようなショットの乱れは無くなった。誕生日、ドライビングレンジで全選手の中で最後まで父と練習、そして“深夜会議”、さらに翌日の調整。それらはすべて、家族という最も近いチームとの連携によって導かれた修正だった。

最終日、ショットを放つ山下美夢有 【Photo by Richard Heathcote/R&A/R&A via Getty Images】

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著者プロフィール

1968年東京都生まれ。法律関係の出版社を経て、1996年にゴルフ雑誌アルバ(ALBA)編集部に配属。2000年アルバ編集チーフに就任。2003年ゴルフダイジェスト・オンラインに入社し、同年メディア部門のゼネラルマネージャーに。在職中に日本ゴルフトーナメント振興協会のメディア委員を務める。2011年4月に独立し、同年6月に(株)ナインバリューズを起業。紙、Web、ソーシャルメディアなどのさまざまな媒体で、ゴルフ編集者兼ゴルフwebディレクターとしての仕事に従事している。

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