難関のライト級で世界獲りを目指す宇津木秀 ライバル・三代大訓が超えられなかった壁を超える

船橋真二郎

左から小林尚睦トレーナー、ライト級アジア2冠王者の宇津木秀、宇津木が“兄貴”と慕う京口紘人(2025年5月27日) 【写真:船橋真二郎】

日本人には難しい階級だからこそ

 やはり中量級の壁は高く、頂点への道のりは遠いのか――。そう突きつけられたような6月の2連戦だった。

 14日(日本時間15日)、アメリカ・ニューヨークでIBF世界ライト級挑戦者決定戦に臨んだ三代大訓(横浜光)の挑戦は、プロキャリア6戦目ながらアマチュアで東京五輪金メダル、世界選手権3連覇の実績を残したアンディ・クルス(キューバ)の前に3回に2度倒されるなど、一方的な5回ストップ負けに終わった。

 さらに4日後の19日、日本人未踏峰のウェルター級で史上初の世界獲りが期待された佐々木尽(八王子中屋)は、約35年ぶりに国内で開催された同級の世界タイトルマッチで、WBO王者のブライアン・ノーマンJr(アメリカ)に挑み、初回からいきなり2度のダウンを喫する劣勢の末、最後は6回に痛烈に沈められた。

 いずれも力の差を見せつけられるような完敗。日本勢が軽量級を席巻している現状にあって、中量級を主戦場とする日本人ボクサーには厳しい現実と言えた。

「あそこ(中量級)で世界のベルトをかけて戦うのは、ほんとに大変なことで、勝つのはすごいことなんだなって、あらためて感じました」

 東洋太平洋、WBOアジアパシフィック・ライト級王者の宇津木秀(うつき・しゅう/ワタナベ、30歳/16勝14KO1敗)はストレートに実感を語った。

 が、それでも「日本人には難しいと言われる階級だからこそ、そこを自分が崩したいという思いは強い」と闘志を掻き立てられるのがボクサーたる性分だろう。

 三代とは1994年度生まれの同い年で、関東大学リーグ戦(2部)で3度拳を交えたこともあるライバル。元ワタナベジムの同門だったが、三代がジムを移籍した2023年からは、ライト級の国内トップ同士、互いに対戦を意識してきた。

 中量級の高き壁に跳ね返された三代の姿に何を感じ、その壁にどう挑もうとしているのか。厳しい暑さが続く7月半ば、東京・五反田のワタナベジムに宇津木を訪ねた。

あらためて肝に銘じた課題

小林トレーナー(後方)考案の“ひと味違った”サンドバッグ打ちに励む宇津木。試合直前のような強度だった 【写真:船橋真二郎】

 まだ昼下がりのジムに小林尚睦(こばやし・たかむつ)トレーナーの鋭い声が響く。宇津木の動作が一瞬でも遅れる、わずかでもゆるむのを見逃さなかった。その声に反応した宇津木がまた攻守の動きをよどみなく連鎖させていく。

 シャドー、マスボクシング、ミット打ち、いずれのメニューにおいても打ち終わりにボディワーク、ヘッドムーブを織り込み、あるいは鋭くステップを切って、位置取りを変える。もともとそういう動きを見せる選手だったが、以前のジムワークにも増して、より丁寧に、より確実に、という意識の高さが感じられる。

 極めつけは2人一組で対面してのサンドバッグ打ち。一方が全力で叩き、一方が休憩するインターバルトレーニングの“バッグラッシュ”はよく見るが、ひと味違った。一方が攻撃の動き、一方がディフェンスの動きと2人ともに休むことなく、全力で動く。

 それも一定時間で交代するのではなく、小林トレーナーの「チェンジ!」のかけ声に応じて、十数秒、数秒とランダムに入れ替わるのだからより実戦的。どうしてもパンチを打つことに意識が向きがちなバッグ打ちでも守りの意識を植えつける狙いが見える。

「試合の通りですよね。自分の好きなときに攻められるわけじゃないし、我慢して守りに回らなきゃいけないときもありますから。きついっすけど、いい練習だなと思うし、選手のことをほんとに考えてくれる人なんで。コバさんには頭が上がらないです」

 昨年11月、宇津木が東洋太平洋王者として臨んだライト級の王者対決、当時のWBOアジアパシフィック王者・保田克也(大橋)との一戦以来、どんな日々を過ごしてきたか。その一端がうかがえた。

 最後は保田を仕留めきったものの、いずれも自身が攻勢時のカウンターの一撃で2度倒され、両者合わせて5度のダウンを奪い合う大激闘の果ての6回TKO勝ちだった。前年4月には打ち気に逸った打ち合いの中、ドンピシャの右で倒される手痛い3回KO負け。プロ初黒星を喫し、2度防衛していた日本王座を失った。多彩な攻撃力を誇る宇津木の課題は明確だった。

「ここで行くべきか、チャンスの見定めですよね。で、僕が効かされたり、倒れるときは、行ける!と思って、調子に乗ってるとき。そう判断したときこそ、雑にならないで、丁寧に。自分のパンチが当たる距離は自分ももらう距離で、いちばん危険なんで」

 三代のクルス戦を見て、あらためて宇津木が肝に銘じたのも「もらっちゃいけない」ということだった。

中谷正義、吉野修一郎も跳ね返された高い壁

小林トレーナーのミットに右ストレートを打ち込む宇津木。右肩と左ガードでディフェンスも意識されている 【写真:船橋真二郎】

「ここまでやられるのか……」。クルス戦は言葉を失うぐらいの驚きだった、と宇津木は振り返る。「僕は正直、三代が勝つのは難しいと思っていた」と戦前の予想を率直に明かしながら、「それにしても……」と。

「三代には日本では誰にも負けない距離感とジャブがあるんで。クルスもやりにくさを感じるかな、と思ったんですけど。思った以上に差があり過ぎて」

 2年前にも同じような衝撃を受けた。吉野修一郎(三迫)がアメリカ・ニューアークで臨んだWBC世界ライト級挑戦者決定戦。現WBC世界ライト級王者で、世界3階級制覇のシャクール・スティーブンソン(アメリカ)の前に2度のダウンを奪われ、なすすべなく6回TKOで退けられた一戦だ。

 その5カ月前、注目を集めた吉野と中谷正義(帝拳)のライト級国内頂上対決(吉野の6回TKO勝ち)の前には中谷のスパーリングパートナーを務め、吉野と手合わせした経験もあった。

 中谷もまた2019年7月、のちの3団体統一世界ライト級王者で、現WBO世界スーパーライト級王者のテオフィモ・ロペス(アメリカ)とのIBF世界ライト級挑戦者決定戦に判定負け。が、試合内容が評価され、ラスベガスでの劇的な逆転TKO勝ちを経て、大物ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の相手に抜てき、9回TKOで敗れるまでアメリカで3連戦を戦っていた。

 中谷、吉野の力を肌で知るだけに「日本ではこんなに強いのに。こうなるか……」と世界との距離を痛感させられた。そして、今回の三代である。ライト級で世界を制するには「もう一段、高い壁があると再確認した」、そう話したところで、ふと気がついたように宇津木が口にした。

「あ、挑戦者決定戦なんですね。世界戦じゃないのか。2人(中谷と吉野)とも世界戦をやってると思ってました(苦笑)」

 ロペス、ロマチェンコ、スティーブンソン。そう勘違いしてもおかしくはない名前が並ぶ。クルスもまた彼らに続くに違いない力を示した。この関門を超えなければ世界戦にはたどり着けないのがライト級の現実である。

 一方で「三代の動きは鈍いと感じたし、本調子ではなかったんじゃないか」というのが宇津木の見立て。ビザの発給が直前になり、予定より出発が遅れた。三代の直近2戦の海外遠征はほとんど時差のないオーストラリアと韓国。時差対応はどうだったか。

 ただし、それを差し引いても「パンチをもらわない三代があれだけもらった」ことに「スキルなのか、間合いなのか、対峙してみないと分からない“何か”があると感じた」のも確かだった。

 その何かを求めて、8月3日から22日まで約3週間、ロサンゼルスに行く。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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