「八村塁二世」が挫折を乗り越えて代表デビュー 山﨑一渉の課題と可能性
しかしチームは未来に向けた大切な活動をしている。8月5日には、FIBA男子アジアカップが開幕する。「54年ぶりのアジア制覇」は大切な目標で、その先には2027年のW杯と28年のロサンゼルス五輪がある。
日本代表は合宿を重ねて人材の発掘、スタイルの習得に取り組んだ。7月はオランダ、韓国、デンマークとの強化試合が2試合ずつ組まれ、新戦力も試された。
山﨑が怪我を乗り越え代表デビュー
一方でアメリカの大学でプレーする選手が6月のディベロップメントキャンプ(若手中心の強化合宿)から多く招集された。NCAAのシーズン中に彼らを日本に呼ぶのは難しいため、お互いにとって貴重なチャンスとなる。
オランダ戦の登録メンバーにはジェイコブス晶(21歳/フォーダム大)、山﨑一渉(22歳/ノーザン・コロラド大)、川島悠翔(20歳/シアトル大)の3名が残った。彼らはいずれも身長2メートル台ながら、スモールフォワード(SF)やシューティングガード(SG)としてもプレーできるオールラウンダー。日本の未来を担う人材と言っていい。
山﨑にとっては7月6日のオランダ戦が代表デビュー戦。大きな挫折を乗り越えた末に与えられたチャンスだった。
19日の第1戦では10分13秒の出場で5点を決めている。翌日の第2戦は第1クォーターの早いタイミングでコートに立ったものの3Pシュート、ドライブからのレイアップをいずれも決めきれず、8分28秒の出場で無得点だった。まだ課題はあるのだが、候補同士の競争を突破し、代表としての一歩目を踏み出したことは大いに喜んでいい。
19日の試合後、山﨑はこう語っていた。
「アメリカの大学に行って上手く行かないことや怪我があり、悩んだ時期が長かったです。応援してくださる方々に背中を押されて、ずっと頑張ってこられた結果で、今ここにいます。ここに来るまで別にDFが得意だとはあまり感じなかったのですが、やってみて身体の強さを活かせていて、そこはアメリカでやっていたからこそだと思います」
頂点と挫折
同年の9月上旬に、筆者はそのプレーを生で見ることになった。宇都宮ブレックスと千葉ジェッツのプレシーズンゲームを取材しに行ったところ、たまたまU15の試合が前座で組まれていた。千葉に190センチ以上ある選手がいて、第1クォーターだけで3Pシュートを2本、3本と決めている。それが山﨑だった。
彼は部活を引退した後、千葉ジェッツの育成組織でプレーをしていた。実際にプレーを見ると高さやパワーより「動きとスキル」が印象的で、本人も「インサイドのプレーが課題」と語っていた。
高校は名門・仙台大学附属明成に入学し、2年時にウインターカップ制覇も経験。決勝の東山戦では残り5秒で試合を決定づけるシュートも決めた。
しかし山﨑は2023年7月に、右膝の前十字靭帯断裂という重傷を負い、飛躍を期した留学2シーズン目を棒に振った。3年生として迎えた2024−25シーズンは出場時間を21.1分と1年時から大きく伸ばし、5.9得点を記録(いずれも1試合平均)。3Pシュートの成功率も36.8%と良好だった。
彼は挫折を乗り越え、今回代表活動に臨む経緯をこう述べる。
「すごく苦しかったです、1年目はレベルの高さに苦しみ、自分の中でも全然でした。これからというときに怪我をして、でも3年目は戻ってきていいシーズンを送れました。高校時代も苦しかったし、大学に行っても思うようにいかなかったりした中で、それを乗り越えた先の成功も経験しています。そういうチャレンジが来たときこそ『乗り越えてやる』という気持ちを持っています」