近賀ゆかりが期待するサイドバック注目の新戦力は? 国内組中心のなでしこに「自分だけの武器を表現してほしい」
なでしこジャパンにとって、E-1選手権の前身となる2008年の東アジア選手権は初の国際大会制覇で、「世界の頂点に続く第一歩」となった。今回のインタビューでは7月9日(水)の日本vs.チャイニーズ・タイペイで引退後初の解説に挑戦する近賀ゆかりさんに、この大会が持つ意味や、今後に向けた期待を語ってもらっている。
いまでも忘れられない澤の芸術的ループシュート
「終盤まで負けていて、とにかく苦しい展開でした。必死だったので、あまり展開を覚えていないんですが…でも、あのシュートだけは、しっかりと目に焼き付いています」
近賀ゆかりはそう言ってうなずく。
先日、現役生活にピリオドを打ったばかり。
7月9日のE-1サッカー選手権、日本対チャイニーズ・タイペイ戦で初めて解説者を務めることになった。
この大会の「意義」を語ってほしい。
そんな依頼を受けて、振り返りだしたのは、まだ「東アジア選手権」という名称だった2008年大会でのワンシーンだった。
「北朝鮮戦の後半ロスタイムに、右サイドから澤さんがループシュートを決めて勝った。あれが世界の頂点に続く第一歩だったんじゃないかと、私は思っています」
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のちにW杯優勝を果たすことになる日本だが、当時はまだ国際大会での優勝経験がなかった。
東アジアにおいても、地域を引っ張るような存在とはみられていなかった。
「当時はとにかく北朝鮮が強くて。アジアで勝つためには、北朝鮮とどう戦うかが大きなポイントになるというのは、日本に限らずどこの国も思っていたところだと思います」
2004年のアテネ五輪で8強に入り「アジアから世界へ」との機運が高まっていた。
まずは東アジアの盟主に…そんな期待を背に、なでしこジャパンは中国へと乗り込んでいた。
北朝鮮とは大会初戦でいきなりぶつかった。
開始直後に安藤梢のゴールで先制したものの、後半10分に逆転を許した。苦しい試合展開の中で、後半ロスタイムに飛び出したのが澤穂希のスーパーゴールだった。
霧雨が乱反射させるスタジアムのライトが、ふわりと浮いたシュートの軌道を後光のように照らし出す。
その場面を、近賀もはっきりと覚えている。
「大事な場面では、やっぱりエースと呼ばれる人が決めるんだな。そんなことを思いました」
女子サッカーをメジャーにするためにも世界へ――。
澤らアテネ世代の先輩の思いは、いつもひしひしと感じていた。そんな宿願も乗り移った決勝弾だったのかもしれない。
韓国に2-0、中国に3-0と完勝。3戦全勝で、初めて国際大会での優勝を果たした。
「アテネ世代の先輩たちから『世界と闘うには』という話をたくさんしてもらって、アテネ五輪後に代表に入った私たちの世代も、世界を強く意識するようになっていました」
「その中で、アジアのタイトルをとれたことは、とても大きかった。世界へ向かうための最初のステップ。すごく大事なタイトルだったと感じています」
結果だけではない。
内容的にも、2011年W杯につながる形がみえてきた。
「チーム内での役割が、あの東アジア選手権でより明確になっていったところがあると思います。澤さんいて、大野忍さんや安藤梢さんがコンスタントに点を取る。そしてゲームを作るのが宮間あやさんだったり、阪口夢穂だったり」
その中で、自分はどんな役割を果たせばいいのか。
近賀個人にとっても、代表定着の足掛かりになった大会だった。
「私は役割分担ができあがりつつあったチームに、遅れて合流した立場だったんですよね。攻撃的なポジションから、代表で右サイドバックにコンバートされて、まだ手探り状態でもあって」
「でも、経験豊富なセンターバックの池田浩美さん、左サイドバックの柳田美幸さんがカバーしてくださったので、攻撃面の持ち味を発揮することができました」
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2010年大会でも、なでしこジャパンは優勝した。
近賀も初戦の中国戦でゴールを決めるなどの活躍をみせた。
「チームとしても優勝がノルマに変わって、私もチームの中で立場ができて、自分たちが中心でやらなきゃとなっていた。自国開催でお客さんもたくさん見に来てくださって、プレッシャーもある中で勝てたのは、自信になりました」
2011年W杯。日本は洗練されたパスサッカーで各国を圧倒し、世界の頂点に立った。
組織の力もあったが、個々の持ち味も光った。近賀も果敢な攻撃参加で、強豪各国とのサイドの攻防において、常に日本に主導権をもたらした。
アメリカとの決勝戦。
延長後半12分に澤のスーパーゴールが決まった。
やはり、大事なところではエースが決める。
それも、あの東アジア選手権で生まれた「予感」の通りだった。